長尾家のキッチンは朝から大賑わいだった。

三畳程の広さの中に、男女三人。

狭い狭い。
冷蔵庫に食器棚に流し台。
全部その中に入っているから、ギュウギュウだった。


手伝う約束で其処にいる秀樹と直樹。
それなのに……
此処ぞとばかりに邪魔をする。


美紀は朝早くからお弁当作りに精を出していた。

実は、その味見がしたくて集まって来たのだった。


「おっ、唐揚げ。うまそー!」
秀樹がつまみ食いをする。

それを笑いながら見ている美紀。


「兄貴だめだよ。おかずが無くなるよ」
そう言いながら直樹も手を出す。


(もう、全く子供なんだから)

美紀は母親にでもなったような心持ちだった。


(何時か本当の親になりたい。この兄弟達から母親だと認められたい。パパのお嫁さんになりたい)




 美紀は自分が養女だと知った時、本当は嬉しくて嬉しくて仕方なかった。

子供の頃からの夢が叶うかも知れないと思ったからだった。


それは勿論パパのお嫁さん。

だから美紀は珠希の真似をするのだ。

インターハイの時同様に、キッチンに立つ美紀の邪魔……
お手伝いをするのだ。




 直樹と秀樹は美紀からパワーを貰いたかったのだ。

大がどんなに地団駄を踏んでも手に入れることの出来ない兄弟と言う名の特権で。


「こらー! お前ら!」

台所を覗いた正樹の渇が飛ぶ。


正樹に首根っこを抑えられ、二人はあえなく退場させられた。


「あれー、お助けを」
秀樹が美紀に救いを求める。


「問答無用」
正樹の豪腕に、呆気ない幕切れだった。


「お前らー、まだ美紀はお前らのお母さんじゃないんだぞ」

言ってしまってから正樹は重大発言に気付いて戸惑っていた。


でも、美紀はそんなありふれた日常に幸せを感じていた。

直樹も秀樹もその発言を気にしてないようだった。

正樹はホッと胸をなで下ろした。


珠希のお弁当作りの邪魔をする。

そう……
これが長尾家のイベント風景だった。


美紀はこの家に貰われて来たことを、心の底から感謝していた。


お調子者の秀樹に何度励まされたことか?


優しい直樹に何度救われたことか?


美紀はこの素晴らしい家族の一員になれた幸せに酔っていた。