それでも美紀正樹の前に立ちふさがった。
美紀はそれが自分だと思っていた。
でも本当は違っていた。


それは、美紀の産みの親である結城智恵だった。

結城智恵が、正樹を救おうとして、美紀の体を借りたのだ。




 そのお陰とでも言おうか?

やっと意識を取り戻した正樹に珠希の死が告げられる。

瞬間に又意識が遠退く。
余りにもショックだったから。


そして遂に正樹の体と意識が帰って来る。

改めて珠希の死を知る。


正樹はラケットを一緒に入れて送り出したやりたいと付き添っていた秀樹に言い出した。


「ママが天国に行っても、大好きなテニス出来るように入れてあげて」
必死に頼む正樹。

でも秀樹は首を振った。
美紀のためを思ったからだった。

美紀にラケットをプレゼントするため夫婦で出掛けたことを美紀は知らなかったのだった。

もし美紀が知ったら?
美紀はきっと自分を責め続ける。
秀樹はそう思って、母の形見のラケットを残してくれるように進言したのだった。


自分が母と同じソフトテニスの選手になりたい、と思わなかったら母が死ぬことはなかった。

その事実は正樹と秀樹の一生の秘密になった。




 美紀はずっと、珠希の形見となったラケットを抱きしめ離そうとしなかった。

心が砕けてしまいそうだった。

ただ傍で見守ることしか出来ない自分が歯痒くて。


秀樹はそんな美紀からラケットを取り上げることなど出来る訳がないと思ったのだった。

そのラケットは珠希の勤務先の中学校の同僚が届けてくれた一本だった。

珠希は前衛だった。
だからそれに相応しいシャフトが二本タイプのを愛用していた。
それは美紀も良く目にしていた物だった。

だから思わず抱き締めてしまったのだ。


でも本当は其処にはもう一本あったのだ。

それは後衛を指導する時に使っていたシャフトが一本の物だった。


美紀はまだそのことを知らずにいた。




 悲しみ暮れる美紀。
何時までもそうして居られないことは承知していた。
それでも……
体が動いてくれなかったのだ。


美紀はそのまま、暫くは何も手に着かなかった。

遣る気はあった。
ママの代わりにならなければいけないとも思った。
でも出来なかった。

てきぱきと家事をこなすママの代わりなんて、自分には務まるはずがないと思っていたのだ。