国体の選手だった珠希は健康そのものだった。

突然の事故が珠希の命を奪った。

中学で本格的にソフトテニスを始める美紀のために、正樹とラケットを探しに出た珠希。

練習用のラケットは持っていた。
でもそれは公式戦では使えない。

試合で使うマークが無いからだった。


公式戦ではプレイ前にラケットトスをする。

まず審判にそのマークを示してからヘッド部分を下に付け回して先行後行を決めるのだ。


そのためにマーク付きラケットが必要だったのだ。


そのラケットを購入するために、珠希と正樹は出掛けたのだった。


正樹が今でも悔やむこととなる、珠希の運転で……




 その時だった。

センターラインを大きくはみ出した大型トラックと衝突してしまったのだ。

運転手が、落とした携帯電話を拾おうとしたために起きた事故。

一瞬目を離した時の脇見運転が原因だった。

正面衝突。
即死だった。

助手席にいた正樹も、全身打撲で生死の堺をさまよった。

幾度となく、死の淵に立つ正樹。

その度、呼び戻そうと必死な兄弟。

正樹はそんな兄弟の懸命な看病によって、一命を取り留めることが出来たのだった。

でもそれだけではないことは正樹本人が一番理解していた。




 それは子供達の、二人の母の存在だった。

死の世界へ向かおうとする正樹を、必死に止めて断念させようとしたのだった。

子供達だけにしたくない母の愛だった。

一緒に逝くことを拒んだ妻・珠希。

此方に来ることをはねのけた智恵。

二人の母と子供達の思いが正樹を蘇らせたのだった。


正樹は当時、平成の小影虎と言われた人気のプロレスラーだった。

この事故のために引退せざるを得なかったのだ。




 でも美紀はそのいきさつを知らない。
余りのショックに倒れてしまったのだった。
意識朦朧とする中で、美紀はある光景を目撃する。
正樹が珠希の後を追っていた。
その時、美紀にはその先に何があるのかが解った。


それは正樹の死を意味していた。


美紀はもがいた。
もがき苦しんだ。
目の前の正樹を救うために必死に呼びかけた。

でもそれは声にはならなかった。