直樹君に父との思い出を話したのは、きっと後ろめたかったからなんだろう。

母は確かに父を愛していた。
だから献身的に看取ったのだ。

でも平成の小影虎の姿を追う母が私には耐えられなかったのだ。


保育園時代に出逢った人がプロレスラーとしてデビューした。
全ては其処から始まったようだ。


『センセー。又、マー君がサーちゃんを泣かせてるよ』

市立松宮保育園に通っているお友達の一大事を園長室に報告した。


保育士達はすぐに年長組の部屋に駆けつけて来る。

母はその度その子の恩人になったのだが、本当は自分にもプロレス技を掛けてほしかったようなのだ。

母にとっては、直樹君のお父さんは忘れられない人のようだったのだ。




 朝食を取りながら、私と一緒にこの家に残ってほしいと大君にもう一度頼んでみた。

でも大君は直樹君が前に話した地元巡りをするために帰ると言う。
行田にある忍城やさきたま古墳群は桜の名所で、どうして見ておきたいらしい。


だから結局……
私もやはり一緒に行くことになった。


「大丈夫だよ。心配しなくてもいいよ」
直樹君が言っている。
でも私は心これに在らずだった。


直樹君の話だと、新幹線で上野駅まで行き在来線に乗り換えて帰るようだ。

出来ればこのまま此処に居たかった。

戻れば嘘がバレる。
それが怖い。
直樹君と離れるのが辛い。

もしかしたら……
もう此処には戻って来られないかも知れないから。




 「目が覚めたら大阪だったの。引っ越し業者の人に攻めらて、直樹君のお母様から頼まれたって言い訳したの」

直樹君が社会人野球チームの練習に出掛ける前に遂に告白した。

でも直樹君は何も言わずに私をハグした。
その優しい抱擁に心も身体もとろけそうになった。


「もう此処に戻って来られないかも知れない。だから本当は此処に残りたいの」


「心配要らないよ。中村さんのことは俺が何とかするから」

そう言いながら、直樹君がウインクをした。