「今度帰ったら行けばいいよ。大も一旦帰るんだろう?」


「そりゃそうだ。もしかしたら一人で置いて行くつもりだった?」
大君が皮肉たっぷりに言う。


「そうだ大君。私と一緒に残らない?」

大君は驚いたように私を見た。


「駄目だよ。中村さんは連れて行くよ。それとも帰りたくない事情でもあるの?」

直樹君は私の顔を覗き込んだ。


「熱いねー、もう美紀ちゃんとのこと忘れたか?」

大君が意味ありげに言った。


「馬鹿、大。中村さんの前でフラれた話することないだろう!」


「そうだった。俺達全員フラれたんだ。まさかお前達の親父と結婚するなんて」

大君が泣き出した。




 美紀ちゃんのことは知っていた。

三つ子の末娘が、ある日突然血の繋がりのない事実に直面して、愛したことも知っていた。

大君秀樹君直樹君、それぞれが美紀ちゃんと結ばれる夢見ていたって言うことも。


バレンタインデーの時にクラス全員の前でフラれたと聞いてホッとしたことを覚えている。

でもその後のことは何も解らなかった。


私は大君の一言にショックを受けていた。
そうなんだ。
幾ら私が直樹君のことを好きでも、敵わないのだ。


直樹君の心の中には、まだ美紀ちゃんがいるはずだから。

たとえ直樹君のお父さんと結婚したとしても……




 思わず、目頭に手が行く。
そっと、隠した指先が濡れていた。
私は泣いていたのだ。

でも誰も気付いていないようだった。


私は何事もなかったように、振る舞うしかなかった。


(何で泣いたの?)

自問自答する。
それでも答えは出ない。

出るはずがない。
私は本当に泣く理由なんて無いのだから……


そう……
大君の口から美紀ちゃんに全員がフラれたことが発覚したから、もう悩まなくて良くなったのだ。

それなのに、私は何故泣いたのだろうか?


それはまだ、美紀ちゃんに占められている直樹君の心の闇のせいなのだろうか?


(直樹君の悩みって、本当は何処にあるの?)