ベッドから起きると、直樹君はもう居なかった。
窓から下を見ると置き型トスマシンでバッティングの練習をしていた。


私は昨日の蟷螂の卵が気になり外に行った。


ふと思ったんだ。
もし蟻が箱の下に居たら私が此処に移した意味がないと。


結局、私は何が遣りたかったのか?
解らずに、ただ箱を見ていた。


(家の中で飼えたらいいな)
そんな突拍子もないことが脳裏に浮かぶ。
でも出来ることなどないと思った。




 「あれっ、これ蟷螂の卵?」
ピロティの箱を見て、直樹君が言った。


「そう言えばママも育てていたな」

でも直樹君はそう言った後で顔色を変えた。


明らかに挙動不審。
私が捕まえて来た蟷螂の卵が怖い訳ではないらしい。
でもそれを見てから、態度が変わったのは確かだった。


「蟷螂って益虫なんだってさ。害虫を食べてくれるからね」
それでも、慌ててそう言った。


(あれっ、私が考えたことと一緒だ。直樹君のお母様とは気が合いそうだな)

私はそれを不思議がることもなく、自然に受け入れていた。


(きっと直樹君が言ったからね)

そう思うと、少しだけ気が休まった。




 昨日、社会人野球チームの練習から帰って来た時、直樹君は明るい顔をしていた。

でも私はそれが妙に気になっていた。

何故か無理しているように思えた。


蟷螂の卵を懐かしそうに見つめる目が、寂し気に揺れていた。


私の視線に気付いた直樹君は無理に笑っていた。


「ごめんね」
直樹君は何故か誤った。


「私には無理しなくていいよ」

私がそう言うと、直樹君の顔が強張った。


「実は……悩みがある」

直樹君は辛そうにため息を吐いた。




 「この前コーチに会えたことが嬉しくて、二人の会話をこっそり聞いていたんだ。出てくる話は秀樹のことばかりだった。その時俺は、秀樹が目立たせるための存在なのかも知れないと思ったんだ」

何時になく直樹君は弱気だった。

私は何も言うことが出来ずに、ただ直樹君を見つめていた。


でも勝手に私は両手を広げて直樹君を包み込んでいた。

直樹君はハッとしたように、一瞬私を払い退けようとした。

でもその後で、身を屈めて私の胸に甘えるように顔を埋めた。


私は突然の事態に恐れおののいた。
それでも私の手は、直樹君を癒すように背中を優しく撫でていた。