正樹はキスをした。
心のこもったキスをした。


(あっ……)
美紀の脳裏にあの日の光景が甦る。

そのキスで心がとろける。
体がヘナヘナになる。
それでも勇気が深部から湧いて来る……

珠希が求めた安心感。

これまで一生懸命練習してきたと言う自信を呼び覚まして貰うために……

それは、正樹のキスによって珠希自身が引き出したものたったのだ。


正樹のキスは何物にも勝る活力剤だったのだ。


そして……
美紀はその厚い胸で抱き締められた。


今までだって何度も抱き締められた。
でもこんなに心が揺さぶれることはなかった。

美紀は何処かで遠慮していたのだ。

そう……
あのバレンタインデーの夜さえも結局……


でも今やっと心が解き放された。

美紀は珠希の亡霊から解放されたのだ。




 正樹は引き締まった肉体に、美紀の鼓動を感じた。

その途端……
居ても立っても居られなくなった。


「愛してる……こんなにも愛してる」
正樹は美紀を抱き抱えた。

それはまるでお姫様抱っこのようだった。


「美紀……俺と結婚してほしい。あの二人……いや、三人を説得するのは大変だけど、美紀……お前を幸せにしたい。いや……美紀、俺を幸せにしてくれないか?」

正樹はやっと気付いた。


美紀が傍にいるだけで幸せになることを。

だからもう……
離しなくなかったのだ。




 美紀は抱き抱えられたままで頷いた。


「俺……お前が傍に居ないと駄目らしい」

ポツンと正樹が言った。


それは、美紀が待ちに待った正樹からのプロポーズだった。

美紀は何度も何度も頷きながら、やっと訪れた幸せを受け止めようとその胸に顔をうずめた。


身体が燃える。
消火出来ないほど大火になる。
正樹はその思いを又も抑えて込んだ。
美紀を思うが故に……


(珠希。此処で美紀を抱いてしまったら、きっと又後悔するな)

珠希と……
家族と過ごしたルーフバルコニー。
この場所を一時の感情で汚しなくなかったのだ。

それともう一つ、乗り越えなければならない壁があった。