家の前の道を東に向かえば高校までの坂道。

西に向かってその先を右に折れれば珠希と正樹が体を鍛えた無料のスポーツジムがある。
この場所は家族にとって一番過ごし易い環境だったのだ。


公営の体育館の中にそれはある。
勿論無料で浴びれるシャワー施設も付いている。

偶にはジョギングで其処に行き、一汗かいた後シャワータイム。

そして……
夜空を眺めながらの帰宅。

それは、より深い絆を家族にもたらす結果となった。




 雑木林を切り開いて出来た住宅地の隣には、大病院があった。

受け付けは八時半。
治療開始時間は九時からだった。

そのため、其処へ向かう道路は大渋滞になる。

でも賑やかなのはその駐車場までで、住宅地は静かだった。

混雑する朝に別ルートのある地形は、少し遠回りでも早く職場に到着出来る。

珠希はその立地を生かして快適に生活していたのだった。


家族のために生きた珠希。
それは全て、正樹を愛したことから始まった。
珠希は自己犠牲も厭わないほど、夫にゾッコンだったのだ。




 遠目で誰も傍に居ない事を確認した美紀は、校門を勢い良く通り過ぎた。

美紀はそのまま、高校の自転車置き場へと向かった。


スタンドを立てて、時計を確認した美紀。


「まだ大丈夫かな?」
独り言を言いながら、フェンスの先を見つめた。


その向こうにグランドがあり、野球部の練習風景が見えるからだった。


スポーツバッグを前籠から出しながらもう一度見た美紀。


そこへ同級生の羽村大(はむらひろし)が乗り付けてきた。


「あれっ、何してんの? 朝練は?」


「何言ってん。いつもの時間だよ」

そう言いながら、おもむろに携帯を取り出し、時間を確認する大。


「あーあ、いけないんだー。確かこの前生徒会で、携帯持ち込み禁止になったんじゃなかったけ? あっ、そんなことより兄貴達三十分早く行ったけど。確か甲子園……」


「あーっ、そうだった! 甲子園を目指すために三十分早かったんだ。やべー完全に遅刻だよ」

大はカバンを鷲掴みにすると、慌てて校庭に走った。

それを見送る美紀。


「甲子園か。今年が兄貴達にとって、最後の挑戦だからな」

美紀は改めて、野球部のグランドを見た。