プラスティック・ラブ

雅也の背中が停まった。



「・・・・・なんて 言うか!アホぅ!」



振り返って叫んだ雅也が駆け寄ってきた。




「彩夏!」


まるでタックルでもするかのように
駆けてきた勢いそのままに私を抱きしめた雅也は
転がるように地面に倒れこんだ。
背中に感じたはずの痛みや衝撃よりも驚きの方が勝った。



「雅也?!」

「大人しく帰れるか!こんな話聞かされて」

「でも」

「俺が好きなんやろう?」

「え?・・・」


うん、と私は小さく呟いて頷いた。


「好きで好きで仕方ないんやろう?」

「そこまでは言ってないけど」

「言ったも同然や」

「・・・そう、かなぁ?」

「そうや」



雅也の黒い瞳が近づいて 
彩夏と呼ぶ声が唇に触れた瞬間、私は目を閉じた。
久しぶりの雅也のキスは昔と同じように
優しくて甘くて 懐かしくて安心できた。
離れていく唇を惜しむように私は雅也の髪に指を絡めた。


「・・・いいの?つきあっている人がいるんでしょう?」


ん?と上目づかいに視線を泳がせた雅也は
私の額に自分のそれをこつんと当てた。


「あぁ あれなあ・・・今さっき、別れた」

「はぁ?」


悪戯な笑みを浮かべた雅也がウインクをした。


「もう! 嘘つき!!」

「ホンマや」

「調子いいんだから・・・」

「ええやろ?ちょっとくらい見栄を張りたい男心や」



くすくすと笑い合う唇が戯れに触れ合った。



「・・・人の気持ちは変わるっていうけど 
 あれは変えようとするから変わるんや。
 好きなまんまで置いておく気持ちもある。
 置いておいてもええんや。
 別れたからって無理に憎んだり嫌ったりする必要はないからな」


ああ、雅也も私と同じことを思っていたんだ・・・
私は胸の奥がじんわりと温かくなる思いがした。



「いいの?私で」

「ええよ?」

「ホントに?」

「ああ」

「私、貴方を裏切るようなことしたのよ?」

「間違いや失敗は誰にでもある」

「でも・・・」

「お前は間違いだと気付いてそれ以上進むのを踏み止まった。
 そのまま流されておけば痛みも哀しみもなくそれなりに幸せだったのに。
 流されるのをやめて正直になって痛い思いもしたのやろう? 代償はそれで十分や」

あぁ何という人だろう。この人は、と私は溢れる涙を止めることができなかった。
あの頃よりも一段と人としての器が大きくなった雅也の
私への思いやりと優しさに溢れた言葉が胸に沁みた。
甘やかに細められた瞳がまた近づいてそれ以上に甘い唇が私のそれに重なった。
優しいキスに濡れた眦にも、雅也は柔らかく唇を当てた。


「雅也」

「ん?」

「私とやり直してくれる?」


刹那、難しい顔で んー・・・と考えこんだ雅也は
にっと笑うと ちゅっと軽やかな音を立てて私の額に小さなキスをした。


「しゃあないな。お前、俺にベタ惚れなんやから」

「え?そんなこと言ってな・・・ん?!」



反論の言葉を封じたのは雅也の唇だった。
甘やかに深まり高まる熱に蕩ける私の耳元に雅也が囁いた。



引き受けたるわ。お前の思いも これからの人生も、と。






end