プラスティック・ラブ


「こんなこと、貴方に話すつもりはなかったわ。
 私だけの片思いでいいと思ってた・・・
 今日こうして逢うまでは」


同じく立ち上がった雅也が私と肩を並べた。


「逢ったのはただの偶然や」

「でも私にとっては必然なんだわ、きっと」


雅也はあかんあかん と手を振って
二、三歩進み出て私との距離を空けた。


「そんなこと言うても ヨリは戻さへんし」

「分かってる。そんなこと言ってない。
 ただ・・・こうして逢えたから伝えた。それだけ」

「女の子はよく言うよなあ、それ。昔、俺もよう言われたわ。
 告られて・・・で、ごめんって言うと
 伝えられたからよかった、ってな。
 でも相手に伝えたら それで満足なんか?
 ホンマに伝えたいだけなんか?
 何か期待してたんと違うか?って疑ったわ」

「そうね・・・
 ちょっとだけでも意識されたらいいな、くらいは思うかも。
 でもそれだけよ?」

「それだけ、ねえ。
ホンマに恋する女は自分に都合よく考えるなあ」



男が皆、少女漫画に出てくる男みたいだと
思ってるのやろうなあ。かなわんわ、と
雅也は苦笑いと嘲笑とが混ざった複雑な笑みを浮かべた。



「よほど気になる子でないと
 告られたことすらすぐに忘れるけどな。
 現実はそんなもんや」



手近の木に腕を伸ばし、枝葉を弄びながら雅也は言った。



「都合よくとか期待とか・・・否定はしないけど 
 そればかりじゃないのよ?
 踏ん切りをつけたいというか・・・ひとつのケジメかな。
 好きな気持ちを終らせる儀式みたいなもの。
 そうしないと新しい恋に向えない」

「そのケジメのために男は利用されるわけか」

「利用だなんて!そんな人聞き悪い言い方、しないで!」

「人聞きなんて知らん。利用は利用や。
 その証拠に 告られたときに、適当に受け流したり
 無碍にあしらったりしたら逆切れするやろう?」

「当たり前じゃないの。純粋で本気の思いを告白してるのよ?」

「アホぬかせ。本気だとか純粋だとか、耳障りの良い言葉で
 自分に酔ってるだけやないか。
 縁もゆかりも無きゃ名前も知らん女から
 いきなり本気の告白されてもぶっちゃけ困る。
 知らん相手に好きも嫌いもないからな。
 あぁども ごめん としか言えないやろう?
 断るこっちの身にもなってみ?結構しんどいで?」

「それは・・・そうだろうけど」

「泣かれたりしたら、どうしていいかわからんしな。
 下手に慰めたりしたら 誤解されそうやし
 かといって、泣いている女の子にそう冷たくもできひんやろ。
 ホンマにキツい」


私は返す言葉に詰まってしまった。
雅也のいう事はもっともだ。
もしもそういう立場に自分が立たされたら
同じように しんどいし、キツい。


「・・・・・・」

「やっぱり女は面倒くさいわ」


困ったように笑った雅也が 私へと向き直った。



「じゃその『儀式』とやらは 今 済んだわけだ」

「え?」

「お前の『儀式』や。好きな気持ちに踏ん切りをつけるための」

「あぁ・・・そうね」

「ほな これで話は終いやな」

「うん」



一瞬私から視線をそらした雅也は「そうか・・・」と
もう一度吐き捨てるように小さく呟いて顔を上げた。



「じゃそろそろ行くわ、俺」


ガキども、ランニングから戻る頃やし、と腕時計を見やった。

「ちょろっと散歩するだけにしてはえらい遅くなってしもた。
マネの子がおっさん、迷子になったとか?と心配してるかもしれんな」


忙しくてとれなかった休みをまとめて取ったので
旅行も兼ねて母校のバスケ部の合宿に
コーチとして参加しているのだと笑った。


「雅也!」

「ん?」

「あの・・・ 今は、何をしているの?」


別れた当時、雅也は司法試験合格を目指して勉強中という名の
実際はフリーターだった。


「司法試験は?合格した?」

「あぁ したで。お前と別れてからアホほど勉強したんや。
 ・・・あの時 必死になれるものがあって正直助かった」


結構 へこんだからなぁ、と雅也は苦く笑った。

 
「じゃあ 今は弁護士を?」

「そうや、と言いたいところやけど・・・
合格したら、なんや気が抜けてもうてなあ。
燃え尽き症候群ちゅーやつ? で、またバイト生活」

「今も?!」

「いや、今は予備校の講師。バイトでバーテンをしていた店に
 たまたま大学の先輩が客で来てな。そこでスカウトされた。
 司法試験に受かったってのが効いたみたいや。
 何でも試験ってやつには受かっておくもんやなぁ」

「そうなんだ」

「これでも結構人気あるんやで?何が良かったのかは知らんけど
 講義は大入り満員や。カリスマ講師らしい。可笑しいやろう?」

「そんなことない。わかる。雅也の話ってすごく納得できるもの」

「受験産業はこの先も伸びる。しばらくは稼がせてもらおうと思てる。
 それに結構面白いんや。予備校生にもいろんな奴が居ってなぁ・・・って
 おっと、あかん。もう戻らんと」

「引き留めてごめんなさい。
 話が聞けてよかった。ありがとう」

「じゃあ また・・・は ないな」

「そうね」

「元気でな」

「雅也も」


ああ、と軽く手を上げ踵を返し
ゆっくりと歩き出し離れていく雅也の背中を見たら
切なさと寂しさが綯交ぜになって胸いっぱいに湧き上がってきた。
東京を離れ、ここで暮すようになって 
自分の本当の思いに気付いてからずっと思っていた。
もしも雅也にどこかで逢うことがあって
この気持ちを伝える機会があったとしたら・・・
おそらくどころか100%受け入れられることはないと思っていたし
こうなることは分かっていた。



だから涙することなんでないと思っていたのに
実際の別れの刹那は想像とは違ってやっぱり辛い。
雅也、と叫んで手を伸ばしたくなる衝動を拳の中に握り込み
漏れそうになる嗚咽を奥歯で噛み砕いた。


その時だった。