「何でこんなとこに居るんや?」



唖然とした表情でゆっくりと近づいてきたのは雅也だった。



「あ・・・ あなたこそ 何?」

「俺のことなんかどうでもええわ!」



そう吐き捨てるように言った雅也は
小走りに私との距離を詰めた。
間近で見る雅也は、以前と少しも変わっていなかった。
彼が私を見下ろす角度も、私が彼を見上げるそれも。


「お前 どうして日本に居るんや?・・・里帰りか?」


ううん、と私は首を振った。


「違うの」



ほなら、と喋りかけた雅也の言葉を遮るように
一際大きな声で私は言った。



「私、ずっと居るの!ここに・・・日本に」

「は?」

「だから!ずっと居たの、日本に」

「ずっとってお前・・・」

「別れたの」

「え?!」

「勇人とは別れたの」


瞠目した雅也の長めの前髪を風が揺らした。



「別れたって・・・離婚か?」

「違う。結婚してないから」

「は?結婚してない?!」

「そうなる前に別れたの。彼が渡米する前よ」



雅也は額を押さえながら ちょっと待ってや、と低く呟き
ふ、と短く息を吐いて、真っ直ぐに私を見つめて言った。



「詳しい話を聞く権利、俺にはあるよな?」



私はうん、と頷いた。




少し歩くと義兄が世話をしている有機栽培の畑がある。
私はそこに雅也を誘った。
収穫する野菜は将来的には宿泊客に出すつもりで
栽培している。でもまだその試行段階である今は
家族やスタッフの賄い用として食卓に上がる。
食べ頃のトマトをもいで雅也に手渡し畑のあぜに並んで腰を下ろした。



「どうぞ」

「どうも」

「食べてみて?美味しいから」

「おう」


きゅきゅっと袖でトマトの表面を軽く拭った雅也は
しゃく、と小気味よい音をたてて一口齧ると
「お、うま!」と声を上げた。


「でしょ?」

「東京で食べるのと全然違うな」

「完熟に近い状態まで収穫しないからだと思う」

「なるほどな、って・・・ 何で俺は こんなとこで
 お前からトマト貰ろて食うてるんやろうなあ」

「こんなとこだからでしょう? のどかな田舎の山道で
フラペチーノやキャラメルマキアートが出てくるほうが
ヘンじゃない?」


「それもそうや」


雅也は微苦笑しながらまたトマトに歯を立てた。



「しかし、ホンマにうまいな、これ。めっちゃ甘い」

「でしょ。従姉夫婦が色々試行錯誤しながら作ってるの」

「もしかして甘いトマトを作りたくて
 成瀬と別れたって言うんやないやろうな?」

「そうだって言ったら・・・あきれる?」

「マジなんか?!」

「まさか~」


アホゥ、と雅也は私を肘で軽くつついた。



雅也との再会も会話も久しぶりなのに
少しもそのブランクを感じることはなかった。
とても自然に気兼ねもしないで話ができたのは 
雅也のさりげない気遣いのおかげだろう。
こういう細やかな人なのだ、雅也は。
相変わらずだな・・・と私は胸の内がほのかに温かくなるのを感じた。



「ごちそうさんでした」


トマトを食べ終え へたを放り投げた雅也の視線が
心なしか険しくなった。



「ほなら ぼちぼち聞かせてもらおうか」



私は小さく頷いて、深呼吸をひとつしてから、話始めた。