朦朧とした意識の中でチャイムの音が鳴っていた。
室内に私が居るのを確信しているかのように
何度も何度も鳴らされるその音に
鉛のように重い体を引き摺るように立ち上がり
力なくドアへ歩み寄り
相手を確かめる気力もないままドアを開けた。





「彩夏!」




顔色を変えて飛び込んできた成瀬が私の姿に瞠目していた。




「成瀬・・・くん?」
「お前その格好・・・」



あぁ・・・そうか。シャツのボタン、ないんだっけ、と
開いたシャツの胸元へのろのろと手を上げかけた刹那
痛いほどの強い力で抱きしめられて意識の靄が霧散した。




「成瀬・・・くん?」

「彩夏・・・彩夏!」

「どうした、の?」

「それはこっちの台詞だ!」

「・・・怒ってるの?」

「そうじゃない。心配したんだ。なかなか来ないから」

「・・・ごめんなさい」



今夜は謝ってばっかり、と場違いな思いに口元が少し弛んだ私は
「笑い事じゃない!」と厳しい声で勇人に叱咤され
また「ごめんなさい」と呟いた。



「あの・・・ね」

「いいから!」



話をしようとした私の顔を勇人は自分の肩口に押し付け
もう一度私を強く抱きしめなおした彼の
「何も言うな」と言う言葉に頷いて
そのまま私達はどのくらい抱き合っていただろう。
しばらくして気持ちが落ち着いてくると
裂けたストッキングの感触や
乱れた下着の心地悪さが気になってきた。
涙の乾いた頬と目元にもぱりぱりとした違和感を感じて
私はシャワーを浴びたいと勇人に告げた。



「大丈夫なのか」

「うん」

「本当に?」

「うん」

「あの・・・彩夏」



言い澱む彼の気になっている事は、言われなくてもわかる。



「大丈夫。本当に何も・・・何もなかったから」

「でも」

「結局あの人は・・・ 私を傷つけられずに自分が傷ついたの」

「そうか」



私は小さく頷いた。



「彩夏」

「ん?」

「君がシャワーから出てくるまで ここに居てもいいか?」 



そうして欲しいような、欲しくないような
どちらとも言えない思いに逡巡して
何も言えずにいる私を勇人はもう一度ぎゅっと抱きしめた。



「頼むから居させてくれ。・・・心配なんだ」



本当は 一人で泣きたいけれど・・・
気遣ってくれる勇人の気持ちを無碍にはできない。
「わかった。居て」と呟くと 
勇人の安堵のため息が私の頬を掠めた。
力の弛んだ彼の腕の中から抜け出して私はバスルームへ向った。