プラスティック・ラブ

『お客様がお着きよ』
「はい。了解です」
『お部屋へは小野田部長が案内したわ。貴女もすぐに向って』
「はい」
『たのんだわよ』
「はい」


内線電話の受話器を置き、ちいさく息を吐き席を立った。
上着の両肩を軽くはたいて裾を引ひく。これから勇人との再会だ。
一応 鏡くらい見ておかないと、と思った私は更衣室のドアを開けた。


ロッカーの扉の内側の鏡にいつになく緊張した堅い面持ちの自分が映った。


ルージュで艶を、チークで色味を足してみようか。
ブラシを持つ指先が小さく震えているのに気づいて
鏡の中のワタシが苦く笑った。



こんなに緊張するなんて、どうかしてる。たかが同級生に会うだけじゃない。
手早くルージュだけ着け直してポーチの中に突っ込むと、ロッカーの扉を勢いよく閉めた。



これは仕事。彼はお客様。
これは仕事。私はスタッフ。



通路を歩いている時も、エレベーターを待つ間も何かの呪文のように
くりかえし呟いて言い聞かせてきたのに
目指す部屋の扉の前に立ったら、急に膝が震えだしてノックするのを躊躇ってしまった。



大きな深呼吸をしてから、手のひらに人と言う字を三度書いて小さく出した舌で舐める。
そうすれば落ち着くよと昔、祖母に教えられたのを思い出した。
その後で、もう一度深呼吸してドアをノックすると
扉越しに「どちらさま?」の声がかかった。



「当ホテルのスタッフで藤崎と申しますが」



「ああ」の声と同時に扉が開かれ、私は息をのんだ。



勇人・・・ではない見覚えのある眼鏡の彼。



え?




「梶山くん?」
「やぁ。久しぶり」