一輝はゲーセンから数メートルのところに停まっている
やけに存在感のある黒のセダンへと歩いていった。
いかにも高級そうな車は、こんな場末の風景になじむはずがなく
違和感バリバリで目立ちまくっているというのに
その脇に立っている姿勢のよい長身の男の
これまた違和感ありまくりな出で立ちのおかげで
そこだけ別次元のように浮き立って見えた。


その男は、スーツはスーツでも
上着丈が微妙に長い(フロックコートというそうだ)
スリーピースにウインドカラーのワイシャツにアスコットタイをしめ
白い手袋をはめていた。いったい何のコスプレだ?なこの男は
俺たちの姿を見つけると会釈をして後部座席のドアを開けた。


「なぁ もしかして この人、マジシャン?」


「ハットを忘れてきちゃった、とか?」と隣の一輝に小声で訊くと
「なんでマジシャン?本物のバカかお前は」と心底呆れた顔で一輝が答えた。


「じゃあ お抱え運転手か?」
「んなわけあるか。まだそんな身分じゃねえよ」


ホテル御園・大阪の支配人秘書で
俺が大阪にいる間の案内役兼運転手をしてくれている、と
一輝の横顔は静かに答えて、それより、と視線を俺に向けた。
  

「春からお前、俺の後輩だからな。敬えよ?」
「はあ?何やそれ。わけわからんわ」
「・・・ったく。高校如きでダブりやがって。んっとにバカだな」
「バカ言うな、あほぅ。成績が悪くてダブったわけやないで」
「成績以外でダブるなんざ、バカより性質が悪い。救いようがないな」
「っ・・・」


悔しいが一輝の言う通りで、返す言葉がなかった。

 
「んなことより、その・・・俺がお前の後輩になるってのは一体どういうことや?」
「聞いてないのか?」
「何を?」
「編入する学校が何処なのか」
「んー・・・確か・・明慶何とか、やなかったかな」


ふふん、と鼻で笑った一輝を見て 俺ははっとした。


「まさか お前んトコか?!」
「全く。迷惑な話だが・・・編入審査にパスしたのは褒めてやる」


ウチは金積めば入れるアホ私立とは違うからな、と
一輝はニヒルに笑った。


「バカやらかして俺に恥かかすなよ」
「何でお前の恥になるんや?」
「従兄弟がバカだと俺までバカにみられるだろうが」


俺の母親と一輝の母親は姉妹だ。
開業医の家とホテルの跡取りの家、互いに家庭環境が特殊で
両親ともに忙しかった俺たちは
小学生の頃は毎年夏休みを明石の母方の祖父母の家で過ごした。
盆の休みに両親が帰省方々迎えに来る。それまでは兄弟のように過ごした。


一輝は子供の頃からしっかり者で賢くて都会的であか抜けして見えた。
そんな一輝が従兄弟であることが俺には自慢だったし、憧れでもあった。
その一輝が5年生の夏休みにバスケットボールを持って帰省してきた。
春からバスケ部に入部したとかで、練習相手を頼まれた。
一輝の相手をしているうちに、俺も夢中になった。
俺たちを見ていた祖父が1対1の練習もいいが、5対5の練習がしたいだろうと
近くの小学校のバスケ部の練習に混ぜてもらえるよう頼んでくれた。
チームメイトとは全く面識がなかったから
最初はなんとなくぎこちなかったけれど
初日の練習が終わるころにはすっかり打ち解けて仲良しになった。
チームスポーツのよいところはこういうところだ。


それからはもう朝から晩までバスケ漬けの毎日だった。
中学に入ってからは、一層バスケにのめり込んだ。
小学生の部活とはけた違いの練習はきつかったけれど
辞めたいと思ったことはなかった。
やればやるほど、上手くなればなるほど面白い。
練習もストイックに励んだ。
たまたま センスのいい奴が揃っていたので
俺たちが3年生の時、府大会で優勝した。


その実績のおかげで、高校の強豪校から特待生入学の話が来た。


元々 医学部受験のために進学校を希望していた俺は
バスケに打ち込むのは中学までと何となく決めていた。
なのでバスケ特待で入学することなど微塵も考えたことがなかった。
しかし実際に特待の話が来ているとクラス担任から聞かされて
気持ちが揺らいだのは言うまでもない。
自分が高く評価されていることに自信も持てたし
ワンランク上の世界で自分がどこまでやれるのか
またどこまで伸びていけるのかを試してみたい気持ちもあった。


でも両親がそれを良しとしなかった。当然といえば当然だ。
両親はバスケはあくまで気晴らしの趣味であり
若さゆえ、余剰気味になるエネルギーの発散の場であるとしか
考えていなかった。
医学部受験を目指して勉学に励まねばならないのに 
そんなものに全精力を注ぐなどありえないと思っていたのだ。


何となくもやもやと釈然としない気持ちを抱えつつも
俺は両親の言う通り特待の話は断り、進学校へ進んだ。
その頃はまだ親の意見に異論はなかったし
そういうものだとどこかあきらめていたのだ。


しかし高1の留年と転校を切欠に俺の中の何かが変わった。


転校した先に居た一輝に触発された、と言う方が正しいかもしれない。
奴は生まれながらにしてホテル御園の後継者だ。
将来は御園を継ぐ者として大きな期待と責任を背負い生きていた。
海外の大学へ留学を前提として、難関大への進学を余儀なくされていた。
もちろん、それだけの高い能力があるからではあるが
相当の努力をしていたのは言うまでもない。その上バスケにも打ち込んでいた。
明慶のエースで、U-18のベストプレーヤーにも選ばれるほどの実力だった。


「別に特別なことじゃない。やりたいことをやっているだけだ。
・・・わからんな。なぜ受験のために諦めなくてはいけない?
ふたつの大学に同時に進学したいとか
バスケとテニスを同時期にやりたいというのなら
そりゃどちらかを諦めなきゃならないが、受験とバスケは別ものだぞ?
両方ともできるだろうか」


「・・・・・・」

「なぜやってみない?やりもしないで諦めるのか?本当にバカだな、お前は」


「うるせぇ!」


「バカじゃないというのなら、失敗を恐れる臆病者か?
それとも努力を惜しむ怠け者か? どっちにせよくだらない人間だな」


「一輝 てめぇ!」


俺は思わず一輝の胸倉をつかんだ。


「失敗したらやり直せばいいんだ。俺たちにはその時間がある。
己の限界を己で決めるな。限界は諦めるためにあるのじゃない。
突き破るためにあるんだ」


そうクールに言い放った従兄弟は俺の手を振り払うと
転がっていたボールを軽やかにととん、と突いて拾い上げ
鮮やかな3Pシュートを決めた。



その翌日 俺はひとつの決意を胸に一輝の居るバスケ部に入部した。



-- 必ず あいつを、一輝を追い越してやる。
   バスケでも男としても --