「あの・・・チーフ。お疲れのところ申し訳ないのですが」

「ああ、ごめんなさい。例のレセプションの件ね」



私が差し出した書類を受け取って目を走らせる。
いつもながら瞳の動きが早い。
ものすごい集中力を発揮しているこのときは
何を言っても聞こえない。これまでの経験から学習済みだ。
こういう時はじっと待つしかすることがない。


「ん。いいわ。よく出来てる。これなら部長も文句は言わないでしょう」


満足げな微笑を向けられるこの瞬間が誇らしいと思う。
仕事が認められて評価された実感にこちらも頬が弛む。


「ありがとうございます」


リゾート開発事業を本格化するにあたり
御園は外資系のレブラントホテルと提携を決めた。
それに伴い湾岸に新館を建設することになった。
その記念式典と記者発表を兼ねたレセプションが二週間後に開催される。
そして時を同じくして決定した2020年の東京五輪。
関連施設の建設のコンペを御園で開催することも決定した。
企画運営は私たち企画課だ。



「でもまだ半分よ?これからが大変なんだから頑張ってよ」

「はい」

「じゃ今日はもう上がっていいわ。後は私の仕事だから」

「でも今日の会議の議事録の修正がまだ」

「あぁ、あれは私も目を通さなきゃいけないのよ。
見るついでに修正もしておくわ」

「そんな!」

「たいして無いんでしょ?修正」

「それは、まぁそうですけど」

「どうせ検討だとか何とかぐだぐだ無駄に長かったんでしょ?あの会議」

「・・・」


返答に困っていると 晶が苦く笑って小さく手を挙げた。


「いいから、任せて? 貴女、ここのところ毎日遅かったでしょう?」

「それはチーフも同じですし・・・」

「上司の配慮をありがたく受け取るのも部下の仕事よ?」



そういわれたら断れない。
ここはありがたくその配慮をいただいておくことにした。



「はい。では・・・遠慮なく」

「まだしばらくは忙しいからね。
彼氏と美味しいモノでも食べて鋭気を養ってらっしゃい」



あぁ、そう言えば・・・
このところの多忙に加え、休日も半端な出勤を強いられることが多くて
彼氏殿とのコミュニケーションはメール7割、電話が3割。
全く顔を合わせていない日がもう何週間も続いている。


昨夜もお風呂に入っている間に
照れてしまうような熱烈なラブメールが届いていたっけ。
つきあいも長くなったのに、こんなにストレートに感情を示されるのは
ちょっとくすぐったい気がするけれど、悪い気などこれっぽっちもしない。


何て返信しよう・・・か。どうしたものかと
考えあぐねて、私は結局彼に電話をした。
すると言葉にするのが気恥かしくて躊躇われるようなことを
言って欲しいと懇願され
こんなことならメールにすればよかったと後悔しながら
甘ったるい言葉のやり取りに愛される幸せを実感した。


雅也・・・ 誰より愛しい大切な人。


この後、今夜のディナーに誘ってみよう。
言葉だけでなく温かい腕で抱きしめてもらいたい。



「じゃあ、お疲れさま」

USBと修正原稿、私の机に置いておいて、と
艶やかに微笑んで立ち上がり上着を羽織った晶が歩き出した。