プラスティック・ラブ


「まーた、ため息ついてる」
「え?」


成瀬と離れるのが寂しいのはわかるけど、と
気遣いとほんの少しの憐れみの混じった親友の視線が
少しだけ心苦しい。
確かに勇人との別れは辛いけれど
私にため息をつかせている原因はそれだけではなく・・・


――正真正銘、本物の恋人同士になろう、って言ってんの――
――俺、本気だから――


あの雨の日の雅也の言葉と黒い深い瞳が
その原因でもあると知ったら結那はどう思うだろうか。
何も留学するからと言って別れることはないと
「薄情な成瀬」に憤慨している彼女だから
案外「そっちにしちゃえ!」なんて言うかもしれない。



雅也の突然の告白に揺れてしまったのは事実だけれど
でも私はやっぱり・・・


「藤崎」


ああ、この声だ―――
何度聞いても胸を甘く締めつけるこの声が・・・この人が私は好きだ。
この人以上に他の人を好きになれるとは、今はとても考えられない。


「はい。今、行く」


卒業式を明日に控え、今日の午前中はそのリハーサルをするために
卒業生は全員登校している。全体のリハーサルを終えた後
卒業生代表で答辞を読む勇人と卒業記念品の目録を贈呈する私は
もう一度会場で動作確認をするからと教頭先生に呼び出されていたのだった。
「いってらっしゃい」と見送る親友に手を振り
勇人とともに会場の体育館へ向った。


あの雨の日の後の週末が明けてから今日までは
登校するのは3月半ばまで試験のある国公立組と
合格の報告をする者くらいで
その両方ともに属さない私は実質春休みに入ったも同然だった。


卒業式までの僅かな日数をどう過ごしたものか?と悩んだのは
取り越し苦労だったようで、あっという間に時間が過ぎていった。
仲の良い友人の合格の朗報が入るたびに、そのお祝い会と称して
泊りがけで押しかけては夜通し他愛の無いお喋りをして過したり
卒業旅行の計画を立てたり、買い物をしたり映画を見たり
一足早く免許を取った結那と初ドライブに出かけたりと
これまでの「受験」というプレッシャーから解放され
伸びやかな時間を満喫した。
卒業式を明日に控えた今日までがもの凄く短かかったように思えて
なんとなく寂しいような気がしてくる。


あれほどその日が早く来ればいいと思っていたのだから
喜ばしいことのはずなのに
いざ明日と思うと、何もこんなに早く来なくてもいいのにと
時間の流れの速さに文句の一つも言いたくなる。
何を勝手な、と時の神様にお叱りをうけそうだ。


早く来ればいいのに、来てほしくない日。
辛いのに嬉しい。苦しいのに恋しい。


勇人への気持ちに気づいてしまってからは
そんな矛盾した思いばかりだ。
でもそれも・・・明日でお終い。
楽しく過ごす時間に紛れていたけれど、忘れていたわけじゃない。
切なさは胸を苦しいほど締め上げて感傷とともに涙腺を弛ませる。