プラスティック・ラブ


「ふーん。そういうコトか」

「ええ」

「成瀬は・・・」

「なに?」

「いや、何でもない」



言いよどむ雅也の様子が何となく気になったけれど
雨に煙るマンションのエントランスが見えてきたので
小走りにその中へと駆け込んだものだから
途切れた会話の続きを切り出すきっかけを失ってしまった。
どうしようかと考えながら濡れてしまった肩先をハンカチで拭っていると
パサリとタオルを頭にかけられた。


「使って」

「ありがとう」



乾いた感触が冷えた耳に温かく感じて
乗り込んだエレベーターの中でほぅと息をついた。


「なあ 彩夏センセ」

「はい?」

「その、恋人ゴッコは卒業までやったよな?」

「うん」

「じゃ それが終ったら今度は俺と本当の恋をしてみない?」

「え?」



本当の恋?  芦田くんと?  私が?
私と芦田くんとで本当の恋をするの?
どうしていきなりそんな話になるの??
訳が分からなかった私はぽかんとした顔で雅也を見つめていたのだろう。
彼は「わけわからんって顔やなあ」と苦笑いしながら私と向き合った。



「あのな 正真正銘の本物の恋人同士になろう、って言ってんの」

「はぁ・・・?」



エレベーターのドアが開いても呆けたようにその場を動けない私の背を
そっと押すように歩を促した雅也を私は見上げた。
さぞや間の抜けた顔で彼を見ていたのだろう。
「なんて顔して」と私の鼻をつまんだ彼が困ったように笑った。



「そないな無防備な顔してると、ちゅーするよ?」

「・・・!」



身構えて後ずさりした私に雅也は「冗談や」と声を立てて笑った。



「今はまだ『成瀬の彼女』だから我慢するわ」



我慢って、そんな・・・
まったく、何て人だろう。勇人とはまるで正反対のような彼に
いいように振り回されているけれど、不思議と嫌な感じはしない。



「俺、本気だから」

「えっと、あの」

「考えといて」



考えといてって言われても・・・


「待って!」



手をヒラヒラさせて隣の扉の内側へ消えようとする彼を私は呼び止めた。



「私は成瀬くんが好きなの」

「うん。分ってる。さっき聞いたし」

「だったら」

「それ以上に俺を好きになればええことや。何も問題ない」



そんな無茶な!
人を好きになるってそんなに簡単にできることじゃない。



「無理よ」

「無理かどうか、試してみればいい」

「試すとか試さないとかじゃないでしょう?!」

「ホラ、もう時間やで?」



にっこり笑って突き出された雅也の腕の時計の針が
夏凛との約束の時間を刺していた。はぁと大きくため息をついて
「じゃあ」と踵を返した私の背中にかかる
「ほな またな」の言葉に また大きなため息をついて
私は数歩先にある夏凛の部屋のインターフォンを押した。