同じように触れ合うほど近い距離であっても私の心臓は少しもドキドキしない。
平静そのものだった。好きな人とそうでない人とではこんなにも違うものなのかと
新たな発見と驚きに口元が緩んだ。
「うわ。思い出し笑いなんて、センセ、やーらし」
「違います!」
「あ~。傘に隠れて なんかやらしーことしたんだ」
「してません!」
「なんだ、してないの?つまらんなー」
「つまらなくて結構です」
「せっかくのシチュエーションなのに成瀬も案外不甲斐ないな」
そういうのは不甲斐ないとは言わない。
「彼は紳士なの」
「ふーん。でもなぁ、あまりに紳士的ってのも物足りなくないか?」
「そんなこと・・・」
ない、とは言い切れないけど、それを思ったところで仕方ない。
勇人にとって私はそういう対象ではないのだから。
「好きだから触れたい、抱きしめたいって思うのが普通やと思うけどな」
「・・・・・・」
だから触れられない私は、肩すらも抱かれない私は・・・
好かれていないとでも言いたいワケ?
そんなこと言われなくても分かってる、何も知らないくせに!と
出かかった言葉をぐっと堪えた。
雅也は黙ったままの私になど気にもせず言葉を続けた。
「成瀬とつきあってどれくらい?」
「ん・・・そろそろ一年、かな」
「い ち ね ん?!」
ホンマに?と私を覗き込んだ雅也の瞳が大きく見開かれた。
その驚きがどんな意味なのかくらいは分る。
ちょっと腹立たしい気持ちになった私は
「それが何か?」と刺々しく言葉を投げつけた。
「もしかしてあんた達、セックスはおろかキスもまだやろう?」
「なっ!」
あまりにも、な直球が、これまたあまりにも的を得ていて
私は思わず言葉に詰まってしまった。
「あ、当てちゃった?」
「しらない!」
ごめんごめん、そんなに怒らんで、と苦笑いしながら雅也は
「ホンマは・・・ つきあってさえないんと違う?」と私の瞳をのぞきこんだ。
「どうして・・・ わかるの?」
心に浮かんだままの言葉がそのまま口をついて出てしまった。
「あらら、まーた 当てちゃった?」
完全に雅也の誘導尋問に引っかかっている自分に舌打ちをしたくなった。
「だから、どうして!!」
半分はカマかけたんやけどなあ、と苦笑する彼を睨んだ。
「あのな、漂う雰囲気が堅いというか、妙によそよそしいというか」
「そんなことは・・・」
「本当に好きあった者同士だけが持つ独特の親密さというか甘さというかな。
そういう空気があんたらには感じられへん」
なんて鋭い人だろう。
あの短い時間にそんなことまで感じてしまうなんて。
「腫れ物にでも触るような、えらい気を使ってる感じはするけどな」
分かる人にはわかる、という事なのだろうか。
つきあいも長くてカンの鋭い石井あたりには
薄々気づかれているだろうとは思っていたけれど
私も勇人も結構上手く、それらしく振舞って見せているから
よっぽどのことがない限りバレることはないだろうと思っていた。
まさかほとんど接点の無いこの人にこんな短時間で見抜かれてしまうとは。
「・・・・・・」
動揺して黙り込んだ私の肩を、雅也はそれまでよりも深く抱きなおして
「ま、どんな事情があるかは知らんけど」と傘を自分の肩で支えると
空いた手で私の手を掴み自分の腰にしっかりと巻きつけた。
「芦田くん?!」
「ホンマの恋人同士ならこのくらいのことはせんと、な」
ウインクをしてにっこり笑う彼のペースにすっかり乗せられて
それを乱すだけの気力も無くなった私は降参の白旗をあげた。
「次はそうする。ありがと。勉強になったわ」
よく考えたらこの人は何の関係も無い人なのだから
嘘をつく必要も偽る必要もない。
パタパタと傘に響く雨音をBGMに私は事の経緯を彼に話した。

