「あれ? 成瀬・・・か?」
束の間の夢心地から私を現実へと引き戻した声に
勇人と私は同時に振り返った。
「え?マジか?」と瞠目したその人は
夏凛の言う『マサヤくん』だった。
「芦田?」
「知り合い?」
「あぁ。芦田雅也。明慶のバスケ部なんだ」
そういえば明慶学園と私たちの桐朋高校はバスケの強豪校であり、ライバル校だ。
明慶と桐朋は公式戦だけでなく練習試合も何度も行っている。
夏凛の話によると雅也も私たちと同じ3年生。
ふたりが知り合いであっても不思議はない。
「びっくりしたわ。こんなとこで会うとはって、あれ?
そっちは藤崎センセとちゃうか?」
「はい、こんにちは」
「え?知り合いなのか?」
今度は勇人が疑問の視線を私へと投げかけてきた。
家庭教師をしている子の御宅のお隣に住んでる方なの、と説明する。
「へぇなんだ、あんた達そういう仲やったんか」と意味ありげに笑った雅也は
「それにしては、なんや色気のない相合傘やなぁ」と今度は呆れたように笑った。
そんな雅也に勇人は「ゆっくり立ち話という天気でもないし先を急ぐので失礼する」と
よく通る声でピシャリと言い放つと「行くぞ」と私を促した。
「ちょっと待った!」
慌てたふうに雅也が私達の前に回り込み
「センセ、今からお嬢のとこなんやろう?」と腕時計を確認した。
「そうだけど、何で知ってるの?」
今日はいつもの曜日ではないイレギュラーな訪問だ。
「今朝、お嬢のママさんとエレベーターで一緒になってな。
明日はウチのガッコの受験日やって話になって、そんで今日センセが来るって聞いた。
でもまさかこんな風に会うとは思ってなかったけどな」
本当に、と私は頷いた。
「そういう事やからって言うのもおかしいけど
ここからは俺がセンセを送るわ。どうせ行く先は同じやし?」
雅也は許しを得るかのようにその視線を勇人へ向けた。
それを受けた勇人の視線が私へと下りてきた。
「どうする?」
「えっと・・・」
どうしようか?
勇人との時間が終ってしまうのは残念だけれど
回り道を強いてしまった彼の肩先をこれ以上濡らすのは申し訳ない。
今の状況からしたら雅也の申し出に従うのがもっともだ。
第一、それを断ってこのまま三人で歩くのもどうかと思う。
「すみませんが、お願いします」と正面の雅也に頭を下げて
今度は隣の勇人に「ありがとう」と頭を下げた。
「いや」
「ごめんね。こんな日に遠回りさせてしまって」
「気にするな」
「濡れなかった?肩、冷やしちゃいけないんでしょう?」
「大丈夫だ。それより藤崎こそ、濡れなかったか」
「うん、平気」
「おーい、ちょっとソコのお二人さーん?」
別れ難い気持ちも分かるけど、と大げさにため息を一つ落とし
頭を掻いた雅也に「そろそろ姫を渡してもらわれへん?」と催促された。
私は雅也に「ごめんなさい」と声をかけ、もう一度勇人へと向き直った。
「本当に助かりました。ありがとう。また明日」
「ああ」
後ろ髪を引かれる、というのはこういう思いを言うのだろうか。
勇人の傘を出るときの何とも言えない切なさを振り切るように
雅也の元へと駆け寄った。
その私の肩を「濡れる濡れる!」と広げた腕で
フワリと抱いた雅也の所作はあまりにも自然で
拒むタイミングを逸してしまった。
「芦田くん!?」 「おい!」
とがめるように叫んだ私の声と、それに重なった勇人の声を遮るように
「さ、いこか」と抱いていた私の肩を更に引き寄せた雅也に
促されるままに歩き出した。
にこにこと楽しそうに笑う雅也に抱かれた肩越しに
勇人にした目礼は・・・見えていただろうか。

