すぐに、ゆうが起き上がれない様に右足でゆうの右足を、左足でゆうの左足を抑え、左手でゆうの頭上にゆうの両手を押さえつけた。
何と言うか…何とも言えない気分だ。
ゆうの顔に顔を近づけ、ゆうの目を見ながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「嫌なんだろ?なら、抵抗しろよ」
言った自分の言葉に気づき、ゆうの全身をちらりと見るが…全く、抵抗していない。
俺の力が強すぎるから、抵抗しているように感じないとか、そういうわけでは無い。
全く、動いていない。
「だって……あー、もう!離してよ‼怒ってるのは、私なの!大体、こんなになみが重いのに、どうやって抵抗すれば良いのよ!」
しまった…と思ったときにはもう遅い。
ゆうの瞳から涙がこぼれ、ほおを伝ってシーツを濡らす。
正直、泣きたいのはこっちだ。
押し倒して泣かれる…少し…いや、かなり傷つく。
ゆっくりと起き上がり、ゆうの拘束をやめた。
「ふぐっ…う、うー…」
泣いているゆうを見つめ、抱き締めてやろうかと思ったが、そもそも泣かせたのは俺なので、そんなことも出来ない。
「帰る」
短く言うと、ドアの鍵を外して出て行ってしまった。
「くそ」
今のは、全面的に俺が悪いが…別に、そんなに怒らなくてもいいじゃないか。
「あー、くそ」
段々、何のために家に連れてきたのか、最初の目的もわからなくなってきた。
「確か…燈に近付くな、って言おうと思ってたんだよな…はぁー」
最初の目的を思い出し、全くその目的が達成できていないことにため息が出る。
ブー…ブー…
携帯のバイブ音がズボンのポケットから聞こえてくる。
画面をみれば、それはアラームで、画面に並ぶ文字にはバイトと書いてある。
「バイトか…」
中学校の頃は、色々と面倒で朝の新聞配達ぐらいしか出来なかったが、今は色々とできることが増えた。
ゆうのためだけに、しているバイト。
とりあえず、着替えるか。
パーカーとジーンズ、というラフな格好に着替え、家を出た。
家を出るとき、母さんが「あんた、優明ちゃん泣かしたでしょ!」と怒っていたが…今は、言われたく無い。
バイト先は、喫茶店。
ウェイトレスをしている。
「あー、里。五分遅刻だぞ」
渋めのイケメンである店長が、苦笑いでいう言葉に無言で頭を下げた。
更衣室に入ってバイトの制服に着替え、カウンターに向かう。
「…彼女に振られた?」
微妙に違うが…あの怒りようでは、振られるのも時間の問題かもしれない。
「まぁ、そんな感じです」
適当に相槌を打ち、注文を取るために客の座っている席に向かった。
「ご注文は、何でしょう?」
接客の基本は笑顔。
にこやかな笑顔を顔に貼り付け、接客を始める。
「えーっと、ホットの紅茶。ストレートで。ねぇ、何にするの?」
客はカップルで、いかにもバカップルそうにイチャイチャしながら、メニューを見ている。
「僕はアイスコーヒーにするよ」
いかにも優男風の彼氏が、彼女にそう伝えると、彼女は笑顔で俺に注文して来る。
「アイスコーヒーで」
自分で頼めねーのかよ。
彼氏は彼女としか喋らない…ゆうが、俺としか喋らなければ良いのに…じゃなくて!
ヘタレかよ。
文句ばっかり浮かぶことに、またため息を吐きかけ、すぐに今は接客中だと思い直した。
「ご注文を確認します。アイスコーヒー、ホットの紅茶でストレート、ですね?」
「えぇ、それで」
こちらに顔を向けることなく注文を終えると、女性はまた彼氏といちゃつき始めた。
「注文です。アイスコーヒー1、ホットの紅茶ストレート1でーす」
注文を書いた紙を厨房から見えるところに貼り付けると、すぐにトレーに飲み物を乗せて渡してくれる。
トレーを持ってテーブルに直行し、紅茶の入ったマグカップを手に、笑顔で注文された飲み物を持ってきたことを告げる。
「お待たせいたしました。ホットの紅茶と、アイスコーヒーです」
シロップや砂糖等も手早く机に乗せ、厨房に引き返した。
バイトの終了時間まで、注文を聞いて運ぶ、の繰り返しだ。
ゆうのことを考えていると、あっという間にバイトは終わった。

