恋する指先

「あの時、俺はいつまでたっても校門に現れない美伊を探して、学校の中を走り回ってて、やっと見つけた体育館の裏で聞いたんだよ。美伊が、「榛くんは大好きな幼なじみで、好きな男の子じゃない」って言ったのを」


 榛くんはゆっくり、抱きしめていた手の力を緩めて、私の顔を見下ろす。


 見上げる榛くんの瞳は、眼鏡の奥からでも寂しそうなのが分かる。


 少し俯く長い睫毛が、影を作っていた。



「それ・・・私が言ったの?」


 全然憶えてないセリフだった。


 体育館の裏に言った事は覚えてる。


 みんなで話したことも。


 でも、そんな事を言った記憶はない。



「ああ、なんでそんな話になってたのか知らないけど、それを聞いて俺はしばらく動けなかったよ。好きな男の子じゃないって言われて、傷つく自分がいて・・・・・。ああ、俺、美伊が好きなんだって、その時自覚した」


 ははって苦笑いする榛くん。


 そんな榛くんに私は何にも言えない。


 だって言った記憶がない。


 その言葉で榛くんが傷ついていたなんて、今の今まで知らなかった・・・・・。


 
 さっきとは違う涙が出そうだった。


 嬉しくて出る涙と、こんな時に出る涙は違う。


 同じようで違う、涙。


 今出そうな涙は苦い、苦しい涙、だ。


「泣きそうな顔するなよ。あの時は結構ショックだったけど、今は違うから」


 頭を優しく撫でる大きな手の平の感触に、更に泣きそうになる。



「好きじゃないって言われた美伊の側で、美伊の事が好きな俺は、今までと同じようには出来る自信がなかった。好きなのに傷つけてしまいそうで・・・・・。だから、側にいるのも、話すのも、止めた。」


 視線を完全に落としてそう言った榛くんは、私の手を握りながら俯く。


 握った手から伝わる冷たい指先の温度。


 この指先を私が好きなことを榛くんは知らない。