「え・・・」


 立ち止まった榛くんは私の顔を見下ろしながら、驚いたように眼鏡の奥の瞳を大きく揺らした。


 見上げる私の顔をじっと見つめて。


「・・・・・」


 長い沈黙がさっきとは違う涙を呼んで、零れそうになって下唇を噛み締めた。


「今・・・なんて言った?」


 掠れた榛くんの低い声がした。


 逸らそうとしていた視線を再び戻す。


 視線の先には、眼鏡の奥の瞳を僅かに細めて、眉間に皺を寄せる榛くんの、あきらかに不機嫌そうな顔が・・・・・。


 その顔を見て、自分の言った事が原因だと直ぐに分かった。


 さっきまで、普通に話していたのに、私の一言でその普通が消え去ってしまった思い空気に、心の中で盛大に溜息を落とす。


 何やってんだろう、私。


 さっきまで優しく話していた榛くんの表情は、学校のときと同じで鉄火面。


 何も読めない無表情になってしまった。


「ごめん・・・なさい、何でもないから」


 一生懸命に笑顔を作るけど、全然笑えてないのが自分にも分かる。


「美伊」


 名前を呼ばれても顔を上げることが出来ない。

 俯いたまま、自分のローファーの先ばかりを見つめている私。


 後姿どころか、今は、顔を上げることも出来ない。


 綾に言われた事が頭の中で繰り返し甦る。


 《言葉にしないと伝わらない》


 分かってる、分かってるけど、それを言葉にする勇気を持てない私。


 はぁ・・・と頭上で落とされる溜息。


 結局、私は何をしたかったんだろう。


 痴漢騒動のせいとはいえ、一緒に帰る帰り道、わざわざこのタイミング聞いた質問に意味なんてなかった。


 中途半端に終わらせるくらいなら、いっそ聞いたりしなければ良かったんだ・・・・・。


 馬鹿みたい。


 自分で自分の事がわからないなんて・・・本当、馬鹿みたいだ。