それからというもの、人形は毎晩扉を抜けて『にんげん』の元へと足しげく通った。そして毎晩、ベッドの上に登っては、一言二言声をかけ、枕元に贈り物を置いて去っていった。ある時は花の種を、ある時は棚の隙間に落ちていた筆を。しかし、来ても来ても『にんげん』が目を覚ますことはなく、閉じられた瞳は人形を映すことは無かった。
ある日、人形の中で一番物知りで知性に富んだおじいさんに、人形は尋ねた。

「おじいさん、私はどうしたらいいのでしょうか」
「おや、一体どうしたんだい?」
「・・・私たちを作り出した『にんげん』に、恋をしたのです」
おじいさんは驚いた顔をした。
「なんということだ。君は悲しい恋をしてしまったのだね」

おじいさんは自身の持つ知識を全て教えてくれた。『にんげん』は昼間に起きて、夜に眠ること。鳥や獣や草花を食べること。喜んだり、悲しんだりするための『心』というものを持つこと。

「そしてこれが一番大事なこと。私たち人形は、『にんげん』に動いているところを見られてはならない。もし見つかってしまえば、私たちは二度と動けなくなってしまう」

人形はひどく悲しんだ。
「私は一生、あの方と話すことも、この姿を目に映してもらうことも出来ないなんて!」
彼女は人形。悲しくとも涙は出なかった。