「は、」

「親父殿は此処には来ていない。この山に居るのは私のような者と、…妖怪が少しいるくらいだ。」

「マジかよ…歩き損…」

項垂れ、ぐしゃぐしゃと頭を掻く。
そもそも期待なんかしていないが、こうも引っ掻き回されると腹が立つ。
母さんもなんだっていないという場所へ行かせたのか。

「…帰るか。」

「良いのか。探すくらいなら手を貸すぞ、童。」

「あー…いい、大丈夫だ。じゃあな、」

手を振り、断る。そう探して貰うような相手じゃない。
踵を返そうとした時、ふと男の足許が目に留まる。下駄。一本足の、高い下駄。

「あんま落っこちんなよ、天狗。また俺みたいに誰かしら潰すぞ。」

言うだけ言って、さっさと元来た道へ進む。
用事は消えた、行くだけ行ったんだ、もう良いだろう。


「…………」

ぼうっと立ち尽くす天狗の事など振り返りもせず、去る。その背が見えなくなる頃、天狗もまた、瞬きの後に消えた。