神崎の言葉を聞きながら、俺は読みかけの本を思い出していた。

ダリも、ロルカも、……アナ・マリアにも会えるのか。そう考えると面白い。



「……あ。先輩、見て下さい。ひこうき雲です!」


ふいに神崎の嬉しそうな声が上がる。

言われて窓の方に目を向けると、空を切り取るような大きなひこうき雲が見えた。




開けっ放しの窓から、音楽室のなかにふわりと風が吹く。



「……明日は雨になるかもしれませんね」




そう言って外を見る神崎の後姿が、

風で揺れた髪が、

あの絵と重なって見えて、一瞬息が止まったような気がした……。



「………っ」


途端に、胸の奥が熱くなる。アスファルトを焦がす夏の太陽のように、その不思議な感情が俺の胸をじりじりと焦がした。


胸が、顔が熱い。


「どうかしました?」

「……なんでもない」



お前が綺麗だなんて、死んでも口にできない。



◆◇◆



あれだけ悩んだ "拝啓……” の続きの言葉が思い浮かんできたのは、帰り道のことだった。

いつもの道を早足で歩いていると、書きたいことが不思議と次から次へと頭の中に溢れてきた。




その夜のうちに、俺は手紙を書いた。

書きたいことはまとまらない。けど、書かずにはいられない。

朔の課題であることも忘れて、ただひたすらにシャーペンを走らせる。


神崎の言った通り、日付が変わったころに雨が降った。

手紙を書き終えたのはその雨が止んだころ。

動かしっぱなしだった腕を休めてカーテンを開けると、空が少しだけ青かった。


徹夜して書き上げた手紙は、原稿用紙を何枚使ったのかわからない。

書き続けていた右手は、痛くて痺れているし、黒鉛で黒く汚れている。

体中も疲れていたけれど、頭の中は不思議なくらいにすっきりしていた。






手紙を取りに来た朔には、絶対に読まないように……とだけ、きつく言いつけた。

もし読んだりしたら、もう家には入れないし一生会わないと脅して。



「じゃあ、せめて誰に宛てて書いたのかくらい教えてよ。僕の知ってる人?」

そんな風なことを朔に訊かれ、俺は迷った挙げ句「女の子」とだけ答えた。



「えっ、女の子!?誰っ!? 望の好きな子!?」


「違うっ!!」


大げさなくらいに反応する朔に、俺は慌てて言い返した。



「……"窓辺の少女" 宛て」


「窓辺の少女……? 望ってばロマンチックなことするんだね……」



ああそうだよ。

結局みんなロマンチストだ。