その夜。原稿用紙を前に、俺の手は止まったままだった。
文章を書くのは得意なつもりだったけれど、この"手紙"というものはどうにもやっかいだ。評価をする先生や大人に向けた文章ではない、ただ一人に向けて綴らなければいけないのだから。
なんと書こう。
なんて書けばいい?
(拝啓……、)
続きが思い浮かばない。
そもそも、誰に宛てて書けばいいのかもわからない。
(親父に?朔に?母さんに?沙織さんに?クラスメイトに?自分自身に?)
思い浮かんでは消えていく。
どれも違う気がした。
本日何度目かもわからない溜め息がまた零れる。
(神崎に……?)
ふとそんなことを思って、小っ恥ずかしくなってすぐに頭を振る。そのまま握っていたシャーペンを手放した。
布団に突っ伏して、読みかけだった本に手を伸ばす。先日、図書室で借りてきたダリの本。彼の作品と半生についてが綴られた人物伝のような本だ。
ページをペラペラとめくると、"窓辺の少女"の写真が載っていた。
(バルコンをあけておいて……)
また、あの詩の一部が頭に浮かんだ。
続きはやっぱり思い出せないけれど。

