月がとっても




週末降り出した雨が止んだのは、日曜の午後のことだった。
朔がまたなんの前触れもなく俺の前に現れたのも、それとちょうど同じ頃。


開けっ放しにしていた窓から雨音が次第に聴こえなくなったと思ったら、


「望君いますかー!」

なんて元気の良い朔の声が玄関から聴こえてきたのだ。


俺は読書を中断して聴こえてくる音に意識を向けた。

玄関の閉まる音、沙織さんと朔が何かを話している声、それから、ばたばたと廊下を駆ける音。最後にバンと勢い良く部屋の戸が開けられた。


その一連の動作がおかしくて、思わず本を閉じて笑ってしまう……。

しかし、笑っている俺とは対象的に、朔にはいつもの笑顔がなかった。



「望、あのさ……っ」

「……どうした?」


切羽詰まったような、深刻そうな顔をする朔の様子に、俺も笑いが止む。




「あのさ、……取り引き、しませんか?」

「……は?」


何を言い出すかと思えば、相変わらず朔らしい突拍子も無い言葉だった。

朔から持ちかけられた取り引きとやらはこうだった……


「望お願いっ!! 僕の代わりに作文書いて!!

その代わり、望の夏休みに出た美術の課題は全部僕がやるからっ!!」


拝むように手を合わせて朔が捲し立てる。



「……作文?」


手にしていた本を置いて、朔に向き直る。そうすると朔も少し落ち着いたようにして俺の前に座った。


「そう。学校で出た課題。

……ちゃんと提出しないと夏休み補習だって言われた。どうしよう、僕の夏休み無くなっちゃう」


「期限は?」

「次の金曜日。終業式の前に出さないといけないんだ」

「まだ一週間近くあるじゃないか。間に合うだろ」


そう言うと朔はあからさまにむっとした。


「僕が作文とか苦手なの知ってて言ってる?」

「……悪い。そう言えばそうだったな」


朔は昔から国語……特に作文の類が苦手だった。一緒に住んでたころはよく宿題の作文の手伝をした覚えがある。


「絵本とかならすらすら思いついて書けるんだけどね。作文用紙には絵は描けないから」


むくれながら朔はそんなことを言う。