「ごめん。望の話聴いてたら、なんだか描きたくなっちゃった」
言いながら朔がキャンバスの前に移動する。小さな丸椅子に座り、絵具が乗ったままのパレットを手にとった。
「いいよ。灯りは?つけなくていいのか?」
「大丈夫」
そう言って、朔はこちらを振り向こうとはしなかった。静かにキャンバスと向き合って、筆を走らせる。
画面には、今にもこちらを振り向きそうな少女の後姿。彼女が見ている窓の外には海が広がっている。
"ぼくがしんだらなら
バルコンはあけておいてほしい"
ロルカの詩の一文が、ふと頭の隅に過った。
……続きはなんだっけ。
思い出そうと、そっと瞼を閉じる。
しばらくしてカラカラと窓を空ける音が聴こえた。エアコンで冷えた部屋の空気のなかに、温かい空気が混じる。
「絵の具の匂いこもるから窓開けとくね、暑かったら閉めるから」
「いや、いいよ。そのままで……」
(バルコンは開けておいて)
心のなかでもう一度唱えた。

