月がとっても



髪型を変えたせいなのか、この日はなぜかクラスメイトたちによく話し掛けられた。黒沢曰く「みんな夏目君と話したいのよ」だそうだ。

そう教えられたのは体育の授業への移動の最中でのことだった。



「俺なんかと話したって……」

「自分のことそんな風に言うのはよくないわ。みんな夏目君と友達になりたいのよ」

少し早い歩幅で黒沢が廊下を歩く。



「なんで」

「夏目君て実は結構注目されてるよ? 成績良いし、運動もすごく出来るし、……それに、すごく優しいところ」

「優しい?俺が?」

「自覚ないの?」

黒沢がくすりと笑う。


「例えば、そうね……重い荷物持ってる子に手を貸してあげたり」

「普通のことじゃないか?」

「まぁ、そうかもしれないけど。その普通のことに気付けなかったり、出来なかったりする人の方が世の中には多いのよ。

だからね、些細な事かもしれないけど、みんなそういう夏目君の良い所いっぱい見てると思うの」


「でも……、気持ち悪くないか、」


この緑の眼が……。
そう漏らすと、黒沢は立ち止った。


「夏目くんは……、私の赤い髪、気持ち悪いって思う?」



しまった。俺は今とても酷いことを言ってしまった。黒沢に聞き返されてそれに気付いた。


「変じゃない。……ごめん」

慌てて言い返すと、黒沢は少し淋しそうに笑った。


「……いいの。夏目くんも悩んでたんでしょう」

「昔、ちょっとあって……」

「私も小学校の時、先生に髪のことでひどいこと言われたことがある。

でもね、クラスのみんなはとてもいい人ばかりよ。担任の先生もね。笑ったり、ましてや気持ち悪いなんて絶対言わない」

「そうか……」



黒沢のまっすぐな言葉に、勇気づけられる。こんなにも心強く思える。

友達とは、こういうものなのかとぼんやり考える。


「俺も、もっとクラスの奴らと話したいな」

思わずそう呟く。

黒沢は嬉しそうに頷いて、浮き立つようにまた早足で歩き出した。