月がとっても




「あ」

「ん?」


神崎が小さく声を上げた。
振り向くと下を向いていた。


「どうした?」

「いえ、あの、その……」


声を掛けると、神崎が慌てたように顔を上げて首を振る。

その様子に何事かと視線を神崎が見ていた方へ下げる。


アスファルトの道路に、水滴が落ちた跡。


「……あ、雨が、降ってきたのかなって思ったら、ラムネの雫でした……」

神崎が恥ずかしそうにそう口にする。

彼女の手には結露で湿ったラムネの瓶。
そこからぽたりとまた雫が落ちた。


「ふっ」

「わ、笑わないで下さいっ!!」


笑うと、顔を真っ赤にして神崎が抗議する。

真っ赤な顔に、髪の毛は風のせいでぼさぼさ。普段の物静かな神崎の様子からは想像もつかないような姿に、思わず口元が緩む。


あちこちに跳ねた髪の毛。

俺はそれを直そうと手を伸ばしかけた。



伸ばしかけて、

すぐにやめた。


……触れられない。触れたら、きっと、離せなくなるから……。


「悪い悪い、早く帰ろう」

「はい」


蝉の音はいつの間にか消えていて、

遠くでは雨雲の唸り声が響いていた。