月がとっても



「夏目くんに……、神崎さんも?」

「こっ、こんにちは!」


声をかけられるとは思っていなかったのか、神崎が慌てて返事をする。

そんな神崎に黒沢はにこりと微笑みかけた。



「こんにちは。 神崎さんとは話すの始めてよね? 夏目くんと同じクラスの黒沢えこです。よろしく」


「えこ?」
「えこ?」

俺の声と神崎の声が重なった。

始めて聞いた黒沢の下の名前、”えこ”

その不思議な響きの名前に俺も神崎もきょとんとなる。


「なんか珍しい名前だな、エコロジーの”えこ”?」

「ううん。こだま……エコーの”えこ”だってお母さんが言ってた」


そう答えた黒沢はすぐ神崎の方を向いて、また神崎に話しかける。


「ね、あなたの下の名前は?」

「澪と言います」

「澪ね。よろしく」

「はっ、はい!よろしくお願いします!!」



(さっそく呼び捨てか……)

口には出せなかったけれど、内心でそう呟く。黒沢と張り合っても仕方のないことだけど、少し面白くなかった。





「おまちどうさま!えっちゃん!マシュマロチョコカスタードいちごジャム」

「あ!ありがとう、おばさん」

食べかけのたい焼きを持ったまま黒沢と少し世間話をしていると、黒沢の頼んだ例のたいやきが焼き上がったらしい。あの呪文のようなたい焼きはいったいどんな味がするんだろうか。想像しただけで胃が重くなる。

そもそも、たい焼きと言えば断固あんこ派の俺からしたら邪道以外のなにものでもない。
黒沢は特に気にする様子も無く、むしろ嬉しそうにそれ受け取った。彼女は優等生かと思ったら相当ロックな奴なのかもしれない。


「いただきます」


嬉しそうにたいやきの腹からぱくりと食いつく黒沢の姿に、俺も神崎も「あっ」となった。


なぜ腹から食べる……。