月がとっても



「素敵ね」

黒沢が静かにそう呟いた。



「笑わないのか?」

「どうして笑うの?素敵なことなのに」


こんな恥ずかしいこと、てっきり笑われるかと思っていた。
思わずそう聞いてみたら、不思議そうな表情をして黒沢に聞き返される。

彼女の赤縁メガネのレンズの奥の、黒く澄んだ大きな瞳が俺をまっすぐに見据えている。仕草や話し方は大人っぽいのに、黒沢の瞳はどこか子供っぽく思えた。



「素敵なこと、か?」

「そうよ。そんな風に思える人に出会えるなんて、素敵なことよ。

とっても素敵な縁。大事にしなくちゃ」


「縁?」


「そう、巡り逢わせね」



……縁なんて、そんなこと考えた事も無かった。



「黒沢って、」


「ん?」


「すごいな」


「そう?」


「そうだよ」


「どういたしまして。

あ!イルカショーそろそろ終わるかな。私、みんなと合流するね。夏目君は?」


「俺はもう少しここにいるよ」


「わかった。じゃあまたね」






……そう言って黒沢が去った後、水槽の前でひとりきりになってもう一度考える。



(巡り逢わせ、か……)


神崎に出会ったのは、たまたま偶然同じ委員会になったから。


偶然同じ曜日の係になって、

ふとしたきっかけで話をするようになって、


それから今に至るわけで……。




 『神崎は幽霊みたいだな』



始まりは本当に些細なことだった。





(とっても素敵な縁)

黒沢の言葉を思い出す。




そうだな。

逢えてよかったと、そう思った……。