夜空に向かってそう零せば、神崎は背伸びをするように空を見上げた。

するとちょうど雲が伸びて月を覆い隠してしまう。"月に叢雲花に風"とは、まさにこの事だろうかと頭の隅で考える。


雲に隠れた月を見て神崎は「隠れちゃいましたね」とだけ残念そうに呟いた。




「漱石は嫌いか?」


予想していたよりも薄い反応をする神崎に、意地悪くそう尋ねてみる。

すると、今度こそさっきの言葉の意味を理解したようで、彼女は面白いくらいに顔を赤くさせた。

月明かりが遮られていなければ、もっとよくこの顔を見れただろうにと少しだけ残念に思う。


「……わ、私は太宰治の方が、好きです」


返ってきたのはそんな言葉だった。唇を少し尖らせて言う。


最近知った彼女の癖だ。恥ずかしかったり悔しかったりすると、唇を尖らせる。


“月が綺麗”だったか、”月が青いから”だったかはよく覚えてないけれど。
かつて、I Love Youをそんな風に訳した作家がこの国にいた。

俺にはその意味がさっぱりわからないままでいるし、あまりこの逸話にも興味はない。

ただ、この文学少女をからかってみたくてそれを口にしただけ。



……けれども、

神崎が隣にいたから普段見上げない月を見たし、月が綺麗とも思えた気がする。

そう言ったらなら、神崎は笑ってくれただろうか。

笑ってくれたらいい。



(神崎が笑うと、嬉しいから……。)












 なぁ神崎、今夜も月が綺麗だよ。


  だから、

 どうか窓は開けたままでいてほしい。

 振り向かないでそこにいて……。




最後に思い出したのは、

そんな事だった。