横断歩道は渡らずに、くるりと来た道を引き返した。
ピヨピヨと鳴き続ける信号の音を背中で聞きながら、私はそっと口ずさむ。
「夕空晴れて秋風吹き
月影落ちて鈴虫鳴く……」
新しい春の朝には似合わない、もの悲しいメロディ。
(もともとの歌詞や替え歌の方はもっと違った内容だったっけ)
悲しい気持ちにならないように、そんなことを考えながら私は元気よくアスファルトの上を歩く。
なんでもない、先輩のいない道。
先輩のいない春。
中学1年の、ふりだしに戻ったみたい。
振り返ってしまわないように、もう一度大きく一歩を踏み出して歩く。
信号の音はもう聞こえなかった……。