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帰り際、見送ってくれた沙織さんにあることを尋ねられた。


「月下 朔さんって人、知らないかしら?」

「つきもと、さく……さん」


言われて、私は繰り返すようにその名前を口にした。名字はわからないけれど、朔という名前には聞き覚えがあった。



「夏目先輩の弟さん、ですか?」

「そう。居場所、知ってる?」

「……いいえ、お名前だけしか」


そう首を横に振って返すと、沙織さんが微かに肩を落とした。



「やっぱり、澪さんでも知らないのね……」


困ったように零す沙織さんに訳を尋ねてみると、彼女は少し迷ったようだったけれどゆっくりと事情を話してくれた。


「彼ね、あの日から一度もこの家に来てくれないの」

「あの日?」

「……望さんが事故に遭った日よ。あの日、ふたりは一緒に居たの」


先輩が亡くなった日。そう言われて、じくりと胸の奥が苦しくなった。

それを悟られないように、少しだけ沙織さんから目を逸らした。



「あの日の朝、この家に月下さんが訪ねていらしてね、それから昼過ぎにふたりでどこかに出掛けたの……。

そこで、あの事故に遭って……」


そこまで話して沙織さんが顔を伏せる。私は思わず唇を噛んだ。



先輩と最後に一緒にいたのは、

弟の朔さん。


……先輩の最期に、一緒にいたのも。



朔さんは、先輩が亡くなったその日から、この家には来ていない。

そのことが、以前の私と重なって思えて胸が苦しくなる。


先輩が亡くなったことを認めたくなくて、受け入れられなくて。

涙も出ないほど苦しかったあの日。



私は、黒沢先輩や沙織さんのお陰でどうにか先輩の死に向き合えたけれど、朔さんはどうだろう。

もしかしたら、彼はまだ向き合えないままでいるのかもしれない。

もしもこの先、朔さんと出会うことがあったなら、私は何ができるだろう。

黒沢先輩や沙織さんのような存在には、到底なれそうにはないけれど。それでも、なにか支えになるような存在になれたらいいのに……。


先輩の家からの帰り道。
そんなことを考えながら私はゆっくりと駅までの道を歩いた。