月がとっても



「また、会えますか?」

「会えるわよきっと」

「……会いたいです」


小さく呟いた。

また会いたい。
夏目先輩に。

はぐれてしまったあの夏の日の約束が、いつかどこかで叶うなら……。




「黒沢先輩」

「ん?」

「ありがとうございます」

「……そんな、私はなにも」


なにもお礼を言われることはしていないと言う黒沢先輩に、私は顔を横に振った。


「いいえ。黒沢先輩がいたから、私……。

……それにあの日、図書室の本棚に、夏目先輩の借りた サルバドール・ダリの本を置いたのって黒沢先輩ですよね?」


そう問いかけると、黒沢先輩が微かに驚いた顔をした。



「どうしてわかったの……?」

そう尋ね返されて、その言葉に、「やっぱり」と私は心のなかで呟く。


「夏目先輩はあんな風に本を片付けるなんてことしませんから。たぶん、他の図書委員の人も。

だから、あえて誰かがそこに置いたんだと思ったんです。それも、私が当番の日に。私に見つけさせるために……」


そこまで口にすると、黒沢先輩は「ごめんね」とぽつりと零した。


「澪をもっと苦しませるだけかもしれないってわかってたんだけど……」

「いいえ。私、とても嬉しかったんです」


夏目先輩の思い出に縋り続け自分が嫌で、本を借りるのはやめてしまったけれど。

本の中では先輩と時間を共有できる。

そのことは何よりも嬉しくて、幸せだったから……。



「だから、ありがとうございました」

「どういたしまして」


もう一度言うと、今度は黒沢先輩もそう返してくれた。

それから先輩は、眼鏡を掛け直すようにた下を向いた。その様子が、なんだか少しだけ泣いているみたいに思えて、私は見ないようにと視線を空に向けた。



そっと空を見上げる。
春の前の、少し曇った空。



今は見えないお月様に、
また会えますように と心のなかでお願いをした……。