月がとっても



先輩の名前を呼べたあの日から、図書室の本を借りることはもうやめた。

お腹にぽっかり空いた穴のような感覚はもうだいぶと小さくなっていって、もう消えてしまいたいなんて考えることはなくなった。



……それからまた季節が巡り、夏が過ぎて、秋がきて、三度目の冬が過ぎようとしていた。

高校の受験も無事終わり、後は卒業を待つだけとなったある日。黒沢先輩と会った。




「澪、合格おめでとう」


受験の合格祝いだと言って、あの小さな駄菓子屋さんでたい焼きをご馳走になってしまった。

駄菓子屋さんの外のベンチに並んで座り、たい焼きを口にする。私は普通のあんこを。黒沢先輩は今回も変わったミックスの味を頼んでいた。



「ありがとうございます。また黒沢先輩の後輩になれて嬉しいです」

「もう、可愛いこと言わないでよ。私も澪が同じ高校で嬉しいな」


私が受験した高校は、黒沢先輩が通う学校。お兄ちゃんとも同じ学校でもある。

もしも夏目先輩が生きていれば、もしかしたら進路も違ったのかな……そんなことをぼんやりと考える。



「夏目君のこと、もう平気?」


夏目先輩のことを考えていたのが伝わってしまったのか、黒沢先輩は控えめにそう尋ねた。


「平気です。もう元気です」

そう私が大げさに言ってみると、黒沢先輩は「よかった」と言って優しく笑った。



それから、

少し不思議な話をしてくれた……。


「……たぶんね、澪は夏目君とまた会えると思の」

「え?」

「彼はもう死んだのに変だって思うでしょう?

でもね、来世とか生まれ変わりとか……世界中の奇跡をありったけかき集めれば、ありえなくもない話だと思うの」

「なんだかファンタジー小説みたいです」

「結び付きが強ければ強いほど、そう言う奇跡って起こるの。ほんとよ?」

「結び付き?」

「ご縁って言うのかな。こういう縁って切っても切れないから」

「ご縁……」


先輩の言葉を繰り返し呟いてみる。