月がとっても




「その……、沙織さんは」

「ん?」

「沙織さんは、そんな風に思える人、居ましたか?」

「ふふ、さぁてね」


そう言って沙織さんはとてもとても綺麗に笑った。いつか、私もそんな風に笑えるのかな。

想像もつかない。
けど、そんな風になれればいいのにと、漠然と考える。



「さ、できた」

トンと帯の上からお腹を軽く叩かれて、すっかり浴衣の着付けが終わってしまったことに気付く。

綺麗な朝顔の柄に、カナリア色の帯。



「うん。素敵ね」

沙織さんは満足そうに頷いた。


「さ、望さんにも見せてあげましょう」

そう沙織さんに手を引かれて、仏壇のある部屋へと移動する。座敷の部屋は線香の煙が揺らいでいたけど、不思議と嫌な気持ちがしなかった。


写真の中の先輩は、相変わらず表情が見えなくて、微かに見える緑色の瞳に胸の奥がきゅっと苦しくなった……。




それから沙織さんと色々と話し込んでしまい、帰る頃には日が傾いてしまっていた。

沙織さんは送って行くと言ってくれたけれど、私はその申し出を断った。
なんだか一人で歩いて帰りたかったから。


頂いた浴衣が入った紙袋をがさりがさりと揺らして、わざと元気良く帰り道を歩いた。



遠くで祭囃子が聴こえる。

花火は見えるかなと、遠くの空を見る。



 『今度、うちでもするか?花火』

 『約束な』


……去年の夏、置き去りにしてしまった先輩とのその約束は今年も果たされることはない。


これから先も、

きっとそう……。