月がとっても



仏壇のある座敷の部屋に通されると、部屋の反対側で縁側に向かって座っている男の人が居た。


黒い着物。少し丸まった背中。

大人の男の人。


おじさんと呼ぶにはまだ若いような、先輩とどこか似ている雰囲気。ぼんやりした様子で静かに座っていた。


その人は部屋に入ってきた私にちらりと目を向けた。先輩とは違う黒色の瞳。


「旦那様、こちら望さんの学校のご友人の神崎澪さんです」


沙織さんが声を掛ける。
紹介されて、私は慌てて「こんにちは」と短く挨拶をした。

返ってきたのも「ああ」とか「どうも」とか、そんなもっと短い言葉。



「澪さん、こちら望さんのお父様の夏目暁さん」


言われて少しだけ驚いた。何度かお家にお邪魔したとはあったけれど、先輩のお父さんには初めてお会いしたから。


少しの挨拶が終わると、私は仏壇の方に向き合った。



仏壇には夏目先輩の写真。

春の頃の写真のようで、まだ前髪が長かった時の先輩だった。


「本当はね、もっとお顔がよく見える写真が良かったんだけど」

と、沙織さんが困ったように笑う。



「私は、こっちの方が好きです」


先輩の少し長めの前髪。
そこからちらりと見える緑の眼。

見える度に宝物を見つけたみたいに思えるから、私はなんだかとっても好きだった。



「澪さんがそう言うなら、大丈夫かしら」

そう言って沙織さんは静かに笑った。