月がとっても




「神崎は幽霊みたいだな」



初めて話しかけられた。

図書委員の仕事の事以外で。


隣に座る夏目先輩は、図書の貸し出しカードを仕分けしながら、いつもの淡々とした調子でそんな話をする。





先輩のその少し低い声に、心臓が変にドキドキした。

見えない手にゆっくりと掴まれて、呼吸が上手くできない感じ。



ドキドキしたのは、

たぶん、緊張半分。

怖さが半分。


お兄ちゃん以外で、歳の近い異性と話をすることなんてほとんどなかったから。そのお兄ちゃんとも最近は会話らしい会話をした記憶はないから尚更。


それを悟られないように、私は静かに言葉を返した……


「幽霊……ですか」

「そう、幽霊」



幽霊……とはっきり言われて、どうして急にこんなこと言われるのだろうと困った。それから、少しだけむっとした。

昔から、長い髪の毛が幽霊みたいだって嗤われたことがあったから。



「夏目先輩は失礼なひとですね」


思わずそう呟いてしまった。

ほんとにほんとに小さな声で。



「ごめん、怒ったか?」


小さな声だったから聞こえないだろうと思ったのに、夏目先輩には聞こえたみたいだった。

私が零した言葉を拾ってくれて、それからすぐに謝ってくれた。


私の目を真っ直ぐに見て。





その時、知った。

先輩の眼がとても綺麗なことに……。



少し長く伸びた前髪の隙間から、眼鏡のレンズ越しに綺麗な眼がちらりと見える。


深い森のような緑色。

まるで宝石みたいな。



すると、不思議なことにさっきまでの緊張とはまた違ったドキドキに息が止まりそうになった。


感動のような、憧れのような、なんとも言い難い感情に胸が支配される。



「いいえ」


怒ったかと訊く先輩に、わざと少しだけ唇を尖らせてそう答えた。



ドキドキしてるなんて、


なんだか恥ずかしくて、

気づかれたくなくて……。