なんて、当時は笑ってでも言えた。
でも、いざ目の前に迫ってくると
あたしの心は複雑化していた。
「澪、こっち」
駅から出ると、夏の夜特有の、生ぬるい風よりも先に
快斗の落ち着いた声が
あたしの頬を優しく撫でた。
「おかえり」
「……たっ、ただいま…」
「ははっ、ぎこちねーな」
やっと、夜風が頬を撫でる。
街の方とは反対に閑静なこの駅一帯では、タクシーが2台、客待ちしているだけだ。
人も、そんなに見当たらない。
「だって、久しぶりじゃん。快斗と家まで歩くなんてさ」
ちょっと意地悪に笑うと
快斗はあたしの髪に指を通して、子供みたいに笑った。
「ごめんごめん」
「……いいよ。忙しいもんね?」
「わっ、イヤミな女」
ふざけた快斗は笑いながら
あたしの指に、自分の指をスルリと絡めてきた。
長くて骨張った指から、快斗の熱い体温が伝わってくる。


