「俺、困らせていますよね。」

直情的な彼の方がよっぽどしけて困った顔をしている。

私の過去を知っていたから言わなかったけれど、部署異動することが決まって、居てもたってもいられなかった。分かりますと言いたいけれど分からないと言われてしまうけれど分かりたいと言いたい。
オルタネートでもいいからと一年のお試し交際を申し出た彼は、バックハグをしながら食事に誘ったり寒くもないのに寒いからと言って手を繋いだり、フゴイド運動もエンジン全開だった。

二人と出会ったのは中学校の入学式。
友達はたくさん出来て学校生活も楽しいけれど、三人で居るのが一番楽しかった。あの人の夢は警察官で、親友の夢はモデルか俳優で、私の夢はまだ決まっていなかったけれど二人の語る夢を応援することだけは決めていた。
一歩踏み出してしまうのは墜落するから‐ダメ‐だけど、一歩避けてしまうのはもっと凋落してしまうから‐ダメ‐。二人の横顔を見ながら気付かないフリをする。この空気を大切にしたかったから。

けれど、親の転勤に付いて行かなくてはならなくなって、共同注視へいっぱしにケジメを付けようとしてしまった。
あの人に告白をして振られる前に失恋をする。貴方を見ていたのだから分かるよと笑って、ここはオススメのスポットだと言って紹介した。
分かれ道で別れた数秒後、背後でブレーキ音がする。振り向いても逆光に遭って、車と黒い塊が飛んでいく形しか見えなかった。
謝っても説明しても積めない賠償金も癪に障る機序にしかならなくて、親友との間にはその瞬間から隔壁が出来た。

合わない部署にスカウトされて、情報漏洩の胡麻擂りに意見をしたら命令違反だとして辞めさせられそうになって、今の部署に拾われて慣れない捜査に悪戦苦闘して、無理をしながら血を吐いて倒れても大人しく引き受けたのは、あの人の目指したかった座標を結実させたいから。
過去が羨む大切なものを、過去を羨むように汚すような真似をして、希望に溢れる眩しかったものを曇らせたのは私自身だ。
あの時のあれと問われてもどの時のどれ?と返して、あの件と問われてもどの件?と返して。
けれど、この事態を招いた自覚はあるか?と問われれば答えはハッキリと出ている。

若造と言われようと、バーターと言われようと、猿芝居と言われようと、大抜擢ではなく大冒険と言われようと、今が旬なら次の瞬間から旬が過ぎると言われようと。お湯に溶かされた塩素でロベリアが咲くような百花繚乱のご時世で、稜線をダッチロールしながらも食い気味にスタッキングしている。
そんな親友の記事をスクラップするくらいしか私には出来やしない。

親友が主演の撮影現場で起きた事件。
起き抜けのようなふわふわ感に独自の造語を多様し、インポートでデコレートされた彼女の命を奪った凶器は、お芝居用の小道具の見本として保管されていたスティレット。
かなり恣意的な性格で親友とも噂があったようだけれども、それは嘘だと相場が決まっていた。
頼るべき人を頼って必要な情報を得た捜査は、眉根を寄せた一人の女に行き着いた。

「おたくは真面目な顔をして、ふざけたことを仰いますね。」

才能を発掘してノベライズに尽力して、鍾乳洞で小石‐ケイブパール‐に躓いて埋もれさせたくないと、至れり尽くせりのルームサービス並みにタガが外れた計略は、サプライズではなく恐れ戦く嫌がらせにしかならない。
愛そうとして憎んで、信じようとして裏切って、守ろうとして壊して、失敗しないことが成功で、退屈な天国が芽生えさせ楽しい地獄が栄養となり、駄目出しが水をやって育つ純粋培養。

「捨てたんじゃないわ、乗り換えただけよ。」

死地と定めた場所‐アジト‐に呼び出し、一度目で動きを止めて二度目で彼女の息の根を止めた。

「殺人鬼と殺し屋を一緒にするような、あんな醜穢‐レベル‐の女と一緒にしないで!」

投げ付けられたリベットをジャストで躱して、剣心一如の改造銃‐ショット‐で、仕上げの心神喪失なんか賭けでも狙わせない。

「そういうとこあるよな、全部背負ってさ。あの時だって俺に言い返さなくて。八つ当たりしていた俺より、今だって強すぎだろ。」

「この状況でそんなことに感心している場合?」

心の声へ勝手にアテレコなんてしないけれど、茶化してもそう言うってことは、親友も同じことを思っているのだろうね。
親友があの人と相思相愛であると、私が気付かない筆致にも限度というものがあるのだから。

あの人の夢に誇りを持てるようになって、再会した親友と思出話が出来るようにもなったけれど、私のせいとずっと心に引っ掛かったままだった。

「困ってはいないけれど、分からないが正直なところかな。」

鼻が利く先輩に鎌を掛けられて釘を刺されたらしい。変なことを吹き込んだつもりはなくて、不器用な先輩は背中を押したつもりだろうけれど。

「私は知っていて受け取ったから、迷惑だなんて思ったことはないよ。貴方の気持ちを無駄にはしたくなかったから。けれど、貴方の優しさに漬け込む形になってしまっているのも事実ね。」

「いや、優しさというか・・・。どちらかというと、俺の我が儘で自己満足だから。」

人生は一度きりだからこそ、あの人と親友と仲間割れをしてでも手放そうとした。
人生の優先順位に自分の気持ちを入れることなんて出来なかったから。

「でもね。何を食べようかなとか、休みの日に何をしようかなとか、これは貴方が好きそうだなとか、貴方と一緒に行きたいなとか、考えられるようになったの。」

貸金庫並みに大事に仕舞われていた初恋によって、恋愛感情が愚鈍になってるかもしれない。

「我が儘でも自己満足でも、貴方のおかげよ。」

振り向かないで、過去につけられてる。

「私を好きになってくれてありがとう。」

今日という日は明日の思い出になるから、絶対に目を離さないで。

「よかったらもう少し私に・・・、私と付き合ってくれませんか?」