次の日の朝、私は少し早めに家を出た。
そうしたら彼と少しでも
話せるかと思ったのだ。

学校に着いて教室に入ると、
案の定まだ誰も来ていなかった。
自分の席に座ってカバンを置く。
私の席は列のちょうど真ん中で
教室の廊下側の方だ。
ほおづえをついて、
ぼうっとしていると
ガラッと扉の開く音がした。
びっくりして姿勢を正す。
扉の方を見ると彼が立っていた。
「あ、あの、おはようございます」
他に言うことが思いつかず、
頭を下げてあいさつをしてしまう。
「おはよう。早いな、いつもこの時間か?」
教卓に持っていた教材を置きながら、
きいてくる。
「いや、違うんですけど…。たまに、ですかね」
思わず嘘をついてしまった。
「そっか、えらいな。俺は大体いつもこの時間に来てる」
出席簿かなにかに目を通しながら
話を続けてくれる。
話せるかもとか思って、
早く来たけどなんか緊張しちゃう。
話すことがなにも思いつかず、
黙っていると彼が顔をあげた。
「どうした?やけに静かだな」
「え!えっと…」
なんて答えようか迷っていると
彼がにっこりと笑った。
「昨日の話の続き、しようか」
「えっ?」
どこからの続きだろうと考えていると
くすくすと笑う声が聞こえた。
いつのまにかうつむいてしまっていて
顔をあげると彼が笑っていた。
「ごめん、なんかすごい難しい顔して考えこんでるからおもしろくて」
かあっと顔が赤くなるのがわかった。
「いや、続きっていうのは本の話のことなんだけど」
「ああ、はい」
それしかないよねと内心ほっとする。
焦りすぎだったなと恥ずかしくなった。
「あの本さ、ほんとに咲原の言ったとおりだったな。最後に素敵などんでん返しが待ってた。俺、動物好きだからけっこう嬉しいラストだったんだよね」
先生は本のことのなると
すらすらと話し始めた。
この人本が大好きなんだなと
実感して嬉しくなる。
「私もです!ラスト、すごく素敵だなって思いました。あの曲の歌詞があそこで出てきてたまらなくなりました!もうほんとに大好きな本になって…。あの本って抱きしめたくなるくらい素敵な本ですよね」
本のこと話すと
止まらなくなってしまう性格だ。
また話しすぎたかと心配したが
彼はにこにこと私の話を
聞いてくれていた。
「ありがとう、あの時あの本を教えてくれて。あのときすすめてくれてなかったらもしかしたらあの素敵な話を読むことはなかったかもしれない」
「あ、いえ…。私、本が大好きで他にも好きそうな人がいると話したくなってしまってうずうずしちゃうんです。だから、…春野先生が夏休みずっと来てたとき話しかけたくて仕方なかったんです。しかも、本の趣味が似ててなおさら気になって…先生と話せてよかったです」
彼が教卓の椅子から立つ音がした。
と同時に扉が開く音がした。
「あ、先生おはようございまーす!」

クラスメイトが入ってきて
「おはよう。えっと…奥田だよな」
「奥田ですよー!先生早く覚えてよー」
「そうだな」
彼はまた椅子に腰をおろした。
何か言いたそうな顔をしていて、
何が言いたかったのか気になった。

その日は私の大好きな作家さんの
新作が発売される日だった。
ずっと楽しみにしていて、
この日が待ち遠しかった。

帰りのホームルームが終わると、
教室を飛び出す。
本屋さんに着くと
新作の棚に向かった。
あったー!
嬉しさで笑ってしまう。
棚に手をのばし、本を手に取る。
やっと読めるよー、待ってたんだよ!
レジで支払いをして待ちきれずに
本を持って店を出た。
歩き出しながら本を開く。
数分後には夢中で文字を
目で追っていた。

次の日の朝、
本を読みながら歩く。
学校の近くまで来たところで
頭に誰かの手が乗った。
本から目をあげて、
横を見ると彼がいた。
「歩きながら読むと危ないぞ」
「すいません、おもしろくて」
表紙を見せようとすると、
彼は知ってると言った。
「昨日でた相川浩先生の新作だろ?俺も昨日買った」
カバンの中から
私の持ってるものと
同じものが出てきた。
「読みました?」
同じ本を買っていた嬉しさを
隠しながら聞いてみる。
「少しな。時間が無くてあんま読めなかったんだ」
そういいながら栞の位置を
見せてくれた。
少しとは言っていたが3分の1くらい
読んでいる。
「私、もう半分以上読みましたよ」
そう言って私も栞の位置を見せる。
こういうのすごい幸せかも。
そんなことを考えていると、
彼が歩き出したので私も
慌ててついていく。
「どう?おもしろい?」
「はい、主人公の女の子がすごい勇気出して…」
「ちょ、ちょっと待って!すっげー先気になるけど黙ってて!楽しみに読むから!」
「わかりました」
笑って答えると、
彼はほっとした顔になった。

かわいい。
そんなことを思ってしまい、
ぱっと顔をそらす。
なに考えてんの、私!
そのときちょうど校門に着いた。
「じゃあ、また後でな」
生徒と先生は入り口がちがう。
「はい」
生徒の入り口に歩いていく途中、
恥ずかしいのと嬉しいのが
混ざった気分だった。