「行ってきまーす」
朝から昼になろうとする時間。
私はこの時間がお気に入りだ。
明るくて新鮮な空気がただよう朝も、
活気があふれてるあったかい昼も好きだ。
でも、朝から昼になろうとするとき、
あっ、今日も一日が始まったなって実感できるのだ。
これが楽しくて、ついついこの半端な時間に
出かけてしまう。行き先も大体決まっている。
本屋さんだ。多分週に2、3回は
行ってるのではないかと思う。
学校の帰りに寄ったり、
買い物のついでに寄ったり。
単純に本が好きなのだ。
だが、最近もう一つ理由が追加されようとしていた。

夏まっただなかの今、お店に着くとホッとする。
ジメジメした暑さから解放された気分になるのだ。
本屋さんのレイアウトはどの店舗も似たようなものだ。
入り口に人気なものや、新発売のものを置く。
他のものは奥で本の種類別に棚に並べられている。
私は必ず入り口の本をチェックしてから、
奥に行くのだが週に2、3回行ってても
商品の入れかわりが以外と多くおもしろい。
最近、もう一つ必ずすることが増えた。
(今日はいないか…)
180cmはあるのではないかと思う長身。
少しウェーブのかかった髪。
仕事帰りらしいワイシャツとスーツ。
銀メタルの眼鏡。
最近、よく本屋さんで見かける人だ。
あまりに出会う率が高かったので、
つい目で探すようになってしまった。
よく出会うようになったのは本当に最近で、
夏休みに入ってからだ。
はじめは全く意識してなかったのだが、
よく同じ小説のコーナーで出会うので、
顔を覚えてしまった。
その人は大抵レジに並び本を何冊か買って帰る。
手に取る本の傾向が私とかぶることが良くあった。
そうなると、本好きの性として
気になり出してしまうのは仕方のないことだった。


いつもの場所で本を見ていると、
ふと隣が暗くなった気がした。
横目でちらりとうかがう。
が、少し目線をあげないと
相手の顔は見えなかった。

少しくたびれたワイシャツ。
少しウェーブのかかった髪。
銀縁の眼鏡。
あの人だ。そのことがわかると
私の目線は彼の手元へ移動した。
彼が持っている本は、
私がこの間買ったばかりの本だった。
その本は、ついさっき読み終わって
今私のかばんの中に入っている。

純粋な恋愛小説かな?
いや、なんだか違うみたいだ。
失恋系か。ん、やっぱちがう。
うわ、こう来るか。
ファタジーみたい。

私の感想を話したい。
この本、おもしろいですよ。
はじめは恋愛小説っぽいけど
最後に素敵などんでん返しがありますよ。
もし、よかったら
あなたの感想も聞きたいです。

心の中で言いたいことがうずく。
でも、知らない人に
いきなり声かけられたら
気持ち悪くて逆に買ってくれないかも。
あんなに素敵なおはなしを
この人が読めなくなったら台無しだ。
不安の声も心の中で渦巻く。

「あの…大丈夫ですか?」
ふいにかけられた声に少し驚き、
声の方を向くと隣にいた彼が
心配そうな顔でこちらを見おろしていた。
身長差が20cmもあるので、
見下ろさざるを得ないのだ。
「何がですか?」
彼を見上げる。
「いや、難しそうな顔でずっと立ってたので、心配になったもんですから。」
あー、心の中が顔に丸々でてたか。
と、心の中でつのってた言いたいことが
彼に声をかけられたことで完全に決壊した。
「あの!その本、すっごくおもしろいんです。はじめはただの恋愛小説かななんて思うんですけど、段々雲行きがあやしくなってきて。でも、最後に素敵などんでん返しが待っていて、すごく感動します!」
そこまで、一気に吐き出して
ほぅっとひと息つく。
反応が気になって彼を見ると、
呆然として私を見ていた。
わ、やっちゃったかも、あたし。
「あ、いや、すいません。あの難しい顔をしていたのは、この本、いいですよってあなたに伝えたくて、でもいきなり知らない人に声かけられるのも気持ち悪いだろうなとか、色々考えてて。あの、だから…大丈夫です…」
恥ずかしくて、
ずっとうつむきながら話していた。
言い終わって黙っていると、
いきなり頭にぽんっと手がのった。
驚いて、彼の顔を見る。
「ありがとう。君、この本が大好きなんだね。わかった、今日はこの本を買って帰るよ。」
彼は私の目をしっかり見ながら、
少しはにかみながら話していた。
私が軽くうなずくとその本を手に持って、
私の頭をもう一回ぽんっとしてから
レジの方に歩き出した。
「あの!」
思わずもう一回声をかけてしまい、
自分のマヌケさに驚く。
彼はこちらを振り返って、
不思議そうな顔をしている。
あー、もう何してんの?あたし。
「あの、できればでいいんですけど、読み終わったら感想聞かせてくれませんか?」
彼はにこっと笑ってうなづいた。