こんな能力(ちから)なんていらなかった




「糞がッ——」


 紫音らしくない言葉遣いで罵りの声を上げると、すぐさま屋上から身を乗り出し、柵に足をかける。

 それを晃は止めた。


「離せ」

「紫音、少しは冷静になってください」

「……離せ」


 紫音が苛立ちを露わにして晃を見るが、晃は紫音の腕を握ったままだ。


「手を離せって言ってんだよ!!」

「——行ったところで何ができる!?」


 晃の剣幕に紫音も唯斗も目を丸くした。
 長い付き合いだが、晃が紫音に対してこんな物言いをしたのは初めてだ。


「見ていたでしょう、あの錬成速度を」

「……」

「あそこには高位の術師が少なくとも五人はいます。あなたが幾ら王の次に魔力があると言われていたとしても、敵いません」

「………………分かってる」



分かってはいるんだ……。



 紫音は手で顔を覆い、呻く。
 悲痛な声は小さく、階下から聞こえてくる喧騒に紛れてしまうのではないかと思わせるほど掠れていた。