こんな能力(ちから)なんていらなかった




 ここは“狭間”の世界。


 常世でも現世でもない場所。

 ただの人間には感じることのできない世界。


 たまに迷い込む人間もいたが、それは自分達若衆がこっそり元の世界に戻したり、脅かして追い出すなりしていた。

 羽を持ち空を飛ぶ自分達が人間を見逃すことはなかった。

 しかし自分達は狭間に紛れ、しかも殿の御殿に足を踏み入れたこの幼子に気が付けなかった。


 そのことがその場にいた烏天狗を殺気立たせていた。


 そんなこと、ただの人間に出来るはずもないのだから。



『正体を顕せっ……!』


 誰かが子供に向かって叫ぶ。

 が、子供は気にする風もなくただ大天狗の盃を見ていた。
 不思議そうな顔で。


 大天狗は周りが殺気立てているのにも構わずに子供を招き寄せた。


『鞍馬様っ!?一体何を……』

『司、五月蠅いぞ』

『なっ……』


 絶句した側仕えの司に大天狗は何も反応せずに小さな子供を軽々と持ち上げ膝の上に乗せた。


『お前、名を何という——』

『……優羽』

『そうか、ゆうか……漢字は分かるのか?』

『優しいに羽!』

『——おお、羽を持つか……』


 大天狗は持っていた盃を一度煽ると優羽に渡した。