「大杉君じゃないか!」

背後から聞こえてきた声。
俺を『大杉君』なんて呼ぶ人間は限られてくる。
明らかに取引先だ。

いつもの営業スマイルを作り、すぐさま振り返る。
すると案の定、つい最近契約したばかりの大手ホテルメーカーの社長、今野さんだった。

「こんばんは。偶然ですね、こんなところでお会いできるとは……」

まさかこんなところで今野さんと会うとは、思いもしなかった。
おかげで大幅なタイムロスだ。

本当は今すぐにでも、五條さんとの待ち合わせ場所へと向かいたいところだが、大事な取引先の社長を前に、それは許されないこと。
ならさっさと適当に世間話でもして、去ろう。
そう思っていたのに、今野さんはとんでもないことを言い出した。

「いや、実はね今日は娘の誕生日でね。食事を共にするのだが、その前にプレゼントを……と思ったんだが、この歳になると何をプレゼントしたらいいのか、分からなくてね」

……ちょっと待て。
嫌な予感がする……。

大抵この勘はよく当たる。

内心そんなことを思いながらも、笑顔を崩さぬまま今野さんの次の言葉を待つ。

「ところで、ものは相談なんだが……。大杉君、少し時間はあるかね?」

やっぱりそうきたか……。
嫌な予感が見事に当たってしまった。
時間なんてあるはずない。これから五條さんと約束しているんだから。
でも大事な取引先の社長を目の前にして、そんなこと言えるはずもない。
そうなると、答えは決まってくる。

「はい、もちろんございます」