数センチ。


あと数センチで唇が触れてしまいそう。



「一丁前に駆け引きか?」

「そ、そんなんじゃ……」

「行きたければ小西とのアフターに行けばいい。 そうだろう?」

「…………」



さっきまで優しくて温かみがあったのに、いきなり冷たくなった。


二人の間に何があったんだろう。



「帰る」

「え……?」



顎から桐生さんの手が離れ、急に淋しくなった。



「何だ」



立ち上がった桐生さんの手を気付けば掴んでいた。


バッと手を離し、言葉に詰まる。



「おこ、怒ったの?」

「怒る必要がない」



そんな言い方しなくても……。


シュンっと肩を落としていると、大きな手が頭に触れた。


視線を上げると、桐生さんはフッと笑った。



「何かあれば連絡しろ」



差し出された名刺。


そこには桐生 政臣(まさおみ)と書かれていた。



「いいの……?」

「連絡してきても応えるかは分からないがな」

「それでも! それでも連絡する!! ありがとう!!」

「お前は見ていて飽きないな」



私はお見送りをするため桐生さんの後に続いてお店を出た。