魅惑の果実

こんなに逞しい身体をしていて、軟弱だとは思わない。


でもだからと言って心配しない理由にはならない。



「何故そんなに暗い顔をする」

「え? あ……別に暗い顔なんてしてない。 身体鍛えてるのかもしれないけど、それでもいつ何の病気に掛かるかも、いつ何処で事故に遭うかもわかんないんだから、気を付けてね」

「そんなに心配してくれているとは思わなかった」



桐生さんはふっと笑みを零し、その瞬間カッと恥ずかしさが込み上げてきた。



「心配なんかしてないもん! 別に私はっ、その……っ」



ええい!


クソ!!


何も言葉が出てこない!!



「お前は可愛いな」



ボンッ!!


まさにそんな効果音が相応しいんじゃないかと思うくらい、顔が一気に熱くなる。


私は手元にあるカクテルをグイッと飲んだ。



「俺の席以外でそんな飲み方はするなよ。 いいな?」

「な、何でよ。 飲むのが仕事なんだから、どの席でも普通に飲むわよ」

「酒を飲むなと言っているわけじゃない。 酔いが回る様な雑な飲み方をするなと言っているんだ。分かったな?」



子供に言い聞かせる様な話し方をする桐生さん。


だけど彼の低く静かな声が心地よくて、気付けば「……分かった」と口から出ていた。