「たもとから話は聞いたわ」

次の日の屋上。昨日の豪雨のあとだからか今日は梅雨には珍しく晴れている。
晴れといっても若干淀んだ青空を背景に遥は仁王立ちで俺に問うた。

「万引きしようとしたんですって?」
「そうらしい」
「止めてくれた人は駿介って言うのね」
「うん」
「お風呂に入れて、服を貸してくれてたのは了平という子のお家ね」
「ああ、そうだ」
「……ありがとう」

遥は少し照れたように笑うといつものように俺のそばに座ってお弁当を凝視しだした。

「たもとの、あんな嬉しそうな顔は久しぶりに見たから。ゲームや漫画の話をしてる時、とても生き生きとしてた」
「たもと、ゲーム結構上手いぞ。楽しんでやってくれたみたいでよかった」
「それと、えっと……美由紀さん?」

箸で掴んだミートボールがご飯の上に落ちた。
美由紀、姉である遥としてはいけ好かないと思っているのだろうか。面倒臭いことにならなければいいが。


「たもとにアイコンの写真見せてもらったけど、可愛いわね」
「……はっ?」

遥の口から出た言葉は懐疑でも、嫉妬でも、憎悪でもなく、賞賛だった。
忘れていた、遥は俺たち一般人と考え方がまるでずれているのだ。

「普通、自分の大事な弟にちょっかいかけてる奴いたら嫌な気持ちになったりしねぇの?」
「あら何を言っているの。自分の弟が可愛い女の子に好かれているなんて姉としては嬉しい限りよ。
ほら、これはオスの話になるけれど、孔雀は大きくて鮮やかな羽でメスにアピールするわ。メスはその美しさに惹かれてオスと交配し、子孫を残すのよ。そのほうが優秀な遺伝子が残せるとインプットされてあるの。
つまり、逆で考えると、うちのたもとがそんな可愛い女の子にアピールされているなんて、優秀な遺伝子。梶木家の将来も安泰だわ」

うちの妹のどこにそんなスペックが、と思う以上に遥の美由紀への好意が俺を驚かせた。
意外である。なんなんだこの人は。

「それに、美由紀さんと連絡をとってるときのたもとの顔、嬉しそうなのよ。こんな子なんだって離れに来て聞かせてくれたわ」

どうもありがとう、と遥が言い終わらないうちだった。



「うぃーっす」
「うわっ、了平」
「俺もいるぞ」
「駿介も?」


屋上につづく立ち入り禁止を飛び越えて扉を開いてやってきたのは昨晩語り合った了平と駿介だった。

「ちょっと汚ねえけど屋上も悪くねぇな」
「なんで俺がここにいるって分かったんだよ」
「ごめん、実は前から知ってた。了平とも相談したんだけど、昨日も言ったじゃん。隠し事とかやめようって」

遥にこんにちは、と挨拶をすると了平と駿介は俺の両隣に腰を下ろし、弁当を広げた。
駿介は自分で弁当を作っているらしい……しかしコンビニの彼女が作ってくれているとも考えられる。

「あ、遥。こいつらなんだ。昨日たもとを助けてくれた駿介と、風呂入れてくれて服を貸してくれた了平」

駿介も了平も頭を下げる。
成績トップで容姿端麗な遥を目の前にして緊張しているのが伝わる。

「梶木さん、でしたっけ」

了平が少しうわずった声で尋ねる。

「遥で構わないわ。敬語もいらない。疲れちゃうの」
「遥さん、ですか。遥さんはお昼……」
「敬語はいらないわ」
「じゃあ……遥は、お昼ご飯どうしてるん……ですか?ってあー!もう!敬語を使わず先輩と話すほうが難しいんだけど!」

了平がジタバタする。それを見て駿介も俺も笑う。

「私、一日二食なの」

遥が了平の弁当箱のかぼちゃの煮物を指差す。

「でも、今はなんだかお腹が空いてるわ」

袖口から見えた、包帯。
いつもは赤い血が浮かび上がって痛々しいのだけれど、今日はそれがなかった。

少し淀んだ青空を背景に、遥は首を傾げて、少し恥ずかしそうに笑った。